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「おーい、名字さんから連絡きてるぞー。」
「見んじゃねぇ。」


俺が歯を磨いている間に枕元に置いてあったスマホの画面を元也に勝手に見られた。デリカシーの無さは昔から変わらない。見るなとは言っても元也には全然響いてないんだろう。
新着メッセージの送り主は名字さん……去年卒業したうちのマネージャーだ。卒業した後もなんだかんだ連絡を取り合っているし会ってもいる。今年の春高も明日の初戦から応援に来てくれるらしい。


「……」


新着メッセージを開く。内容はバイト帰りで近くにいるから会えないかというお誘いだった。マスクをしていない今、ニヤけるのを堪えて返事の言葉を考える。


「まだ付き合ってないの?」
「……」
「告白すればいいのに。絶対大丈夫だって!」


懲りずにデリカシーのない元也がトーク画面を覗き込んでいた。
俺が名字さんに好意を持っていることは既にバレてることだから驚きはしない。そして元也の言葉は慰めなんかじゃなくて、実際に名字さんも俺に対して好意を持っているんだと思う。
俺だって鈍いわけじゃない。卒業してもなおこうやって気にかけてくれて、ましてやバイト終わりで疲れてるのに会いたいと言ってくれるのがどんな心理なのかはわかってるつもりだ。


「……ちょっと出てくる。」
「おう、決めてこい!!」


告白すれば多分頷いてくれると思う。でもその後は?自然な流れで考えれば付き合うことになるんだろう。
付き合うってどういうことだろうかと、最近よく考える。俺は名字さんのことが好きで名字さんも俺のことを好意的に思ってくれている。この状況に特別不満はない。むしろ付き合ったことによって何かが拗れて、名字さんとの関係が終わってしまうことの方が怖い。


「こんばんは。」
「ごめんね、呼び出しちゃって。」
「いえ。」


外に出るとしっかりと防寒をした名字さんが花壇の脇に座っていて、俺を視界に入れると立ち上がった。両手にしている手袋は去年の誕生日に俺があげたものだ。
年末に一回会っていたから2週間ぶりになるだろうか。それでも新鮮に思えたし、初めて見た茶色のコートがよく似合ってると思った。


「これ渡したくて。」
「……ありがとうございます。」


名字さんに渡されたのはお守りだった。毎年マネージャーが作ってくれるらしく、去年も貰った。今年はマネージャーがいないから持ってなかったけど正直なくても問題はない。
もう引退したのに用意してくれるなんてマメだと思うし、俺の分しかないってことは特別な意味があるんだとも思ってしまう。


「……」
「……」


お守りを受け取った後沈黙が続く。
居心地が悪いとは思わないけど、少し心がザワザワした。告白するシチュエーションとしてこれほど整った状況はないのかもしれない。まるで天さえも俺に告白しろと言っているみたいだ。
一瞬のうちに脳内でシミュレーションする。おそらくいい返事はもらえるだろう。でも、その後は?そう考えるとやっぱり切り出すことができなかった。


「明日の初戦頑張ってね。」
「はい。」


名字さんもそれ以上何を言うわけでも待つわけでもなく、この場を去っていった。
その後ろ姿を見送った後でやっぱり言えば良かったんだろうかとほんの少しだけ後悔した。




















私は佐久早くんのことが好きだ。
はっきりと自覚したのは去年の夏頃。最初は気難しい後輩が入ってきたものだと思っていたけれど、部活の時間を共有していくうちに男の人として惹かれていった。
しかし今まで自分から告白をしたことがなかった私は、気持ちを伝えられないままズルズルと時間を過ごし卒業してしまった。ありがたいことに大学生となった今でも佐久早くんとは連絡をとりあっているしたまに会ったりもしている。告白するチャンスは何度もあったはずなのに、やっぱり私は伝えられなかった。
はっきりと言葉にはしていないものの、私の気持ちはとっくに佐久早くんにバレていると思う。初戦の前夜に会いたいなんてワガママを言って佐久早くん一人だけにお守りを渡すなんて、好きじゃなかったら絶対しない。そして、こんな風に卒業した後も連絡をとったり会ったりしてくれるのも、ただの先輩マネージャーだったらしないと思う。
つまり少なからず私は佐久早くんに嫌われていない。高校の時はそれだけですごく幸せだった。佐久早くんにとって私は多少なりとも特別な存在なんだと思えて舞い上がっていた。
卒業した後も綺麗な思い出として残っていけばいいと思っていたのに、佐久早くんとの繋がりを絶つことはできなかった。むしろ距離ができたからこそ会いたい、好きだという想いが強くなって、他の女の子のことを好きになって付き合ってしまったらどうしようという不安ばかりが募っていった。
告白に踏み切れずに後悔するのはこれで何回目だろう。いい加減私は学習すべきだ。佐久早くんのことは他の誰にも譲ることはできない。長い人生の中で必死に頑張らなきゃいけない場面はいくつか出てくると思うけど、今がそのうちの一回だと思う。
決勝戦を見届けた後、私は告白しようと決意した。


「お疲れ様。」
「……」


本当はチームメイトといろいろあるだろうから後日でよかったんだけど、佐久早くんの方から会いたいと言ってくれて会うことになった。待ち合わせはうちの近くの神社の敷地。会った日の帰りにはここのベンチに座って別れの時間を惜しんだものだ。今日はなんだかいつもとは違う雰囲気に思えた。


「俺は、高校卒業したら大学に進学してバレーやります。」
「うん。」
「大学を卒業したらチームに入ります。」
「うん。」


進路のことは前にも話したことがある。高校最後の春高は準優勝という結果に終わったわけだけど、ここで佐久早くんのバレーが終わるわけではない。


「チームはまだ決めてないけど……東京から出ると思います。」
「……そっか。」


プロのバレー選手となると企業のチームに所属することになる。東京をホームとしてるチームもあるけれどそこが佐久早くんにとってベストなチームとは限らない。そうなるとこうやって気軽に会えなくなっちゃうんだろうな。
……だとすると本当に今日、告白していいんだろうか。仮に付き合えたとしても、私はバレーに真剣な佐久早くんを邪魔してしまう存在になってしまうんじゃないだろうか。


「大学いってもプロになっても、名字さんに近くにいてほしいです。」
「!」
「好きです。」


次々と募っていく不安を佐久早くんはあっさりと否定してくれた。そしてお互いに言うのをためらっていた言葉は思いの外あっさりと佐久早くんの口から出てきた。ずっとずっと夢見て待っていた言葉、聞き間違えるはずがない。


「私も好きです。」


その言葉は私の口からもすんなりと出てきた。佐久早くんが言ってくれた後というのもあるけれど、なんだ、こんなに簡単だったならもっと早く言っていればよかった。


「……」
「……?」


わかりにくいながらも嬉しそうな表情の佐久早くんにじいっと見つめられる。口数が多くない佐久早くんは目で訴えてくることが多い。なんとなく熱っぽい視線を向けられて距離を詰められれば、経験値の浅い私にだって佐久早くんの意図することがわかる。


「!」


自分の身体を差し出すように向けると優しく抱きしめられた。1月の夜なだけあってお互い厚着ではあったもののしっかりと佐久早くんの温もりを感じたし、耳に当たる佐久早くんのくせっ毛がくすぐったかった。


「……嫌ですか。」
「ううんっ。」


嫌なわけがない。否定すると抱き締める力が強くなった。私も佐久早くんの背中に手をまわす。思っていたよりがっしりとした腰回りに男性らしさを感じて恥ずかしくなった。
どんどん心臓の音が速くなっていってコートの上からでも伝わってしまうんじゃないかと思う。佐久早くんも同じようにドキドキしてくれてるんだろうか。ぎゅっと私からくっついてもわからなかった。


「……」


どのくらいの時間が経ったのかはわからないけど、足の先まで温かくなった頃に身体を少し離される。すぐ近くにある佐久早くんの瞳は変わらず何かを訴えていた。


「……送ります。」


そして何かをぐっと堪えるように目を逸らされた。
勘違いかもしれないけど、佐久早くんがしたかったことには予想がついた。


「あの……ど、どうぞ。」
「!」


ベンチから立ち上がった佐久早くんのコートの裾をぎゅっと握って顎を上げる。自分でも大胆なことをしてるなあと思う。でも私だってキスしたいって思ってるし、こうして付き合うことになったわけだから我慢する必要はないはずだ。


「ん……」


佐久早くんは周囲を確認してから私の肩に手を置き、とてもとても丁寧に唇を落としてきた。佐久早くんの睫毛の映像を目蓋の裏に残したまま目を閉じて初めての感触に集中する。
軽く触れて終わりなものだと思ってたのに少し角度を変えたりむにむにと挟まれたりなかなか離れない。「足りない、もっと欲しい」と言われてるみたいで嬉しくて、私もわからないなりにそれに応えた。


「……ごめん。」
「何で謝るの?」
「……がっつきすぎた。」
「そんなことないよ、嬉しかった。」


きっと私達は我慢する期間が長すぎたんだろう。今の佐久早くんの行動を私はがっつきすぎだとは思わない。


「……じゃあもう一回。」
「!」


ただ、意外と佐久早くんはこういうスキンシップは多めにするタイプなのかもしれない。普段の佐久早くんからは想像つかない姿を見られる数少ない人の一人になれたことを実感した。できることならばこの先、他の誰にも見せたくないなあ。



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素敵なリクエストをありがとうございました!