×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
 
"ごめん、今日行けない"

金曜日の23時。セミダブルのベッドの中で、私はずっと同じ画面を見ていた。
恋人の京治とは付き合ってもうすぐ1年になる。お互いに自立した社会人。週末はどちらかの家で一緒に過ごすのが暗黙の了解になっていた。コンビニで缶チューハイと簡単なつまみを買ってきて、小さなテーブルの上でささやかな晩酌をする。だいたい京治の方が先にウトウトしだして、私がお風呂に入ろうと促してベッドに入ればお互い熱くなった身体を重ねて愛し合う。お風呂には入らずふたりして寝落ちする日もあった。そんなことも今思えば幸せな日常の一コマだったなぁとしみじみ感じる。
最近、京治は仕事が忙しいらしくふたりで週末を過ごせないことが多くなった。編集という仕事が忙しいのは理解しているつもりだった。でも、こうも会う時間が減ってしまうと本当に仕事なのかなとか、いろいろと余計なことを考えてしまう。
京治からの連絡に既読はつけたものの、なかなか返信を打つ指が動かない。頭に浮かぶ言葉は嫌味な言葉ばかりで、そんな自分に対して嫌悪感でいっぱいになる。社会人として、年上として、余裕のある彼女でいたいのに。

"明日どうする?"

そんなところに会社の同僚から連絡がきた。そういえば明日は有志の親睦会があって、出欠の連絡が今日までだった気がする。忘れていた。いつもだったら断ってるところだけど、寂しさに支配された今の私は何でもいいから拠り所を求めていた。京治への返事を打つ前に、同僚に参加の連絡を入れてスマホを枕元に伏せた。


***


翌朝、京治から電話があった。私が既読無視をしてしまったことは特に気にしていないらしく、今夜会えないかと用件を伝えられた。正直に会社の飲み会に行くからと断ると、京治はその席に男はいるのかと聞いてきた。誰が来るのかは知らないけど多分いる。私の返答を聞いた京治はなんとなく不服そうだったけど、特に咎めることもなく「終わったら連絡して」とだけ言ってきた。
心配してくれるんだったら引き止めてよ。「俺以外の男と酒を飲まないでほしい」くらい、全然言ってくれていいのに。そしたら飲み会はドタキャンして、京治をぎゅうっと抱きしめに行くのに。

「名前もう帰るの?」
「名字さんもっと飲みましょうよー」
「ごめん、明日早いの」
「デートかー」

結局飲み会は一次会で早々に離脱した。騒がしい場所に身を置いても京治のことを考えずにはいられなかった。耳に入ってくる男性社員の話はどれも幼稚で京治の落ち着いた声を恋しく思うし、出てくる居酒屋料理も京治と一緒に食べたいと思ってしまう。
次会うのはいつになるんだろう。こんな気持ちになるんだったら飲み会はドタキャンして京治と過ごせばよかった。まだ21時。今から連絡したら会ってくれるだろうか。

「!」

スマホに落としていた視線を上げた瞬間、私の視界に京治の後ろ姿が映った。会いたいと焦がれた恋人の姿にすぐにでも駆け寄りたかったけど、できなかった。何故ならその隣に女性の姿があったから。

「……」

黒髪、セミロングのくせっ毛。顔は見えないけど可愛らしい人なんだろうなと思った。その場から動けずに見ていると、ふたりはファミレスに入っていった。オシャレなバーだったりホテルじゃなくてよかったと思ったけど、じゃあ21時にファミレスに行く間柄って何だろうと不安は拭いきれない。
浮気かもしれないし、浮気ではないかもしれない。ファミレスに突入したり京治に連絡を入れたりすれば真相ははっきりする。それをしなかったのは、私の弱い心が知ることを恐れたからだ。

「あれ、名前?」
「……やっぱり二次会行こうかな」

大通りのコンビニの前で立ち尽くす私に会社の二次会組が合流した。こんな気分のまま誰もいない家には帰れない。もっとアルコールを入れれば、嫌なことは考えなくて済むかもしれない。


***


二次会のカラオケで終電まで時間を潰して、家に到着したのは0時少し前。玄関ドアの前に京治が佇んでいるように見えるのは、ハイボール3杯のアルコールのせいだろうか。

「遅かったね」
「……何でいるの」

幻覚じゃなかった。京治は確かにそこに存在していて、化粧が崩れた私に怒りを含んだ視線を向けていた。

「電話気付かなかった?」
「……」

23時くらいに京治から電話があったのには気付いていたけど出なかった。終わったら連絡してという言いつけも守っていない。京治が怒るのも当然なことをしたのに、私はなかなか謝罪の言葉を口にすることができなかった。

「京治は、何してたの」

その質問をしたら私達の関係が終わってしまうかもしれないというのに、アルコールに侵された私の脳は今正常な判断ができないらしい。知りたいという欲求のまま聞いてしまった。

「まあ……仕事かな」

歯切れの悪い返答を聞いてとてつもない後悔の感情が押し寄せてきた。ほら、聞かなきゃよかった。まだ今なら「そうなんだ」と笑って誤魔化せたのに、私は感情のままに歪む表情筋を制御することができなかった。

「嘘つき」
「!」

きっと酷い顔をしていたと思う。きつめの言葉と共に涙が溢れていた。京治の前で泣いたのは初めてだった。そもそも人前で無くこと自体が久しい。そんな自分が情けなくて次から次へと涙が流れてくる。

「今日一緒にファミレス行った人、誰?」
「……」

もうとり返しがつかないんだったら、せめて真相だけははっきりさせておきたい。その答えがどれだけ私を傷つけようと構わない。覚悟を決めて聞いた。

「それに答える前に教えてほしいんだけど……今日、男にちょっかい出されたりしなかった?」
「されるわけないじゃん。彼氏いるのみんな知ってるし」
「それでもちょっかい出す奴はいるから、心配した」
「大丈夫だよ」
「なら良かった」

何で今そんなことを言うの。私が誰にちょっかい出されようが、もう京治には関係ないんじゃないの。それを口に出したらまた涙が出てきそうでグッと唇を結んだ。ひしひしと視線は感じるのに、京治の顔を見ることができない。

「今日一緒にいた人は今担当してる漫画家さんだよ」
「……!」
「急に今後の展開について相談したいって言われて、ファミレスで打ち合わせをしてた」

京治は今少年誌で連載中のバレー漫画の編集を担当している。漫画家と編集者が21時のファミレスで打ち合わせをするっていうのは確かに納得できる。浮気なんかじゃなかった。それでも私の不安は拭いきれなかった。

「でも、嫌だった」
「……何が?」
「京治が私以外の女の人とふたりでいることが」
「!」
「仕事だからしょうがないのに、ほんとごめん」

話に聞いていた漫画家さんがまさか女の人だったなんて。連絡を取るのも仕事だから。顔を合わせるのも仕事だから。社会人としてそこを咎めるのはお門違いだってことは重々わかっている。恋愛感情がないとしても、私よりも密な関係の相手だと思うと自分の醜い嫉妬心が抑えられなかった。

「ふ……ふふふ」
「京治……?」
「宇内さんは男の人だよ」
「……!?」

こっちは真剣に話しているのに何を笑うんだと思ったら衝撃の事実を告げられた。漫画家さんは女の人じゃなかった。安心したいところだけど羞恥心のほうが勝った。後ろから見た体格や髪型で決めつけてしまっていた。勝手な勘違いでこんな幼稚な姿を見せてしまったことが恥ずかしくてたまらない。

「ごめん、今の忘れて……」
「録音したかったな」
「ごめんってば」
「……じゃあ俺も」

今すぐ消え去りたいと思う私を、京治は力強く抱きしめた。大好きな温もりと匂いに包まれた瞬間、恥ずかしさは吹っ飛んだけどまた別の意味で涙が溢れてきた。

「俺以外の男と一緒に酒飲まないで」
「!」
「こんな可愛い服着ないで」
「んっ」

耳元で聞こえてきたのはさっきの私と似たような嫉妬心だった。夜風で冷えた首筋に京治の温かい唇が触れて体の芯の熱が上がる。もっと早く言ってよ、バカ。そんな小言を言うのも忘れて、私も京治に縋るように抱きついた。

「酔っ払った名前を他の男に見られるのは嫌だ」

初めて見せた、京治の剥き出しの独占欲にゾクゾクした。一般的な感覚からしたら束縛の激しい理不尽なことを言われているのかもしれない。でも今の私にとってはどんな愛の言葉を囁かれるよりも安心できた。好きな人に求められる喜びは得体の知れない快感となって私の身体中を駆け巡る。

「寂しかった」
「うん、ごめん」

もっと求めてほしい。私も京治を渇望している。僅かに働いた理性で玄関の鍵を開け、京治とふたりでなだれ込んだ。


***


翌朝、カーテンの隙間から差し込んだ朝日で目を覚ました。少し頭が痛いのは飲みすぎたからだろう。腰の疲労感は昨夜のセックスのせい。隣には布団を顔まで被って京治が寝ている。
冷静になって思い返してみると恥ずかしい。嫉妬心をさらけ出して子どもみたいなワガママを言って、ベッドの上ではあんなに乱れて。ドン引きされても仕方がない姿だったのに、京治は全部受け入れてくれた。
今日は落ち着いていろいろと話さなきゃ。まず勘違いして嫌な態度をとってしまったことを謝って、改めて好きを伝えよう。

「!」

ベッドから出る前に京治の寝顔を拝んでおこうと布団を捲ったら、ばっちりと開いた京治の目が私を見ていた。

「お、おはよ」
「はあぁぁーーー……」
「京治?」

京治は大きなため息をついて私の胸元に顔を埋めてきた。京治らしからぬ行動に少し戸惑ったけど、とりあえず好きにさせておく。

「……昨日はお見苦しい姿を見せました」

無言のまま数分経ったところで、私から離れた京治がベッドの上に正座して頭を下げた。もしかして、京治も私と同じように昨日の自分の言動に照れているんだろうか。私が年上として余裕のある彼女でいたいと思っていたように、京治もそんな私に合わせようと背伸びしていたところがあったのかもしれない。

「それは、お互い様ってことで」

恋人に対して聞き分けのいい大人でいる必要はない。これからは幼稚だと笑われるようなことも素直に伝えていきたいと思った。京治は受け入れてくれるとわかっているから、怖いことなんて何もない。

「京治、あのね」
「うん、好きだよ」

そう決意した矢先、早速出鼻を挫かれた。どうやら考えてることは同じだったみたい。



◆◆
素敵なリクエストをありがとうございました!!