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「おお……何や、今日豪華やん。」
「特売で買いすぎちゃって。食べれる?」
「余裕。」


治と付き合って3年。同棲とまではいかずとも週の半分以上は治の家で晩ご飯を作るようになった。
土日休みの私は、基本的に平日休みの治とはなかなか休日が合わせられない。二人でゆっくり過ごせるのは仕事終わり、晩ご飯の時間くらいだ。私が休みの日は治の家で晩ご飯を作って、治が休みの日は仕事終わりに治の家へ寄って作ってもらった晩ご飯を食べる。特に「そうしよう」って決めたわけじゃないけど、いつの間にかこれが普通になっていた。


「いただきます。」
「ふふ、どうぞ召し上がれ。」


毎回必ず両手を合わせる治を見て笑みが零れる。例え一つのおにぎりでも、カップラーメンでも、治は決してこの儀式を忘れない。


「うま。カレーの味する。」
「よくわかったね。ちょっとしか入れてないのに。」
「めっちゃうまい。名前天才か。」
「本の通りに作っただけだよー。」


調理師免許を持つ治に手料理を振る舞うのは最初こそ緊張したけれど、治は何でも「うまい」と食べてくれた。
正直料理はそこまで得意じゃない。冷蔵庫にあるものでパパッと3品4品作れるような器量はなくて、毎回アレを作ろうと決めてから買い物に行き、レシピ本に書かれている通りの分量を守って作っている。教科書通りの料理でも、治は毎回美味しそうに完食してくれる。そんな治の姿を近くで見てきて、私は「人に食事を作ってもらえることの有難み」というものが20代半ばにしてやっと理解できた。


「あ、これ俺の好きなやつや。」
「え、初めて聞いた。てか治は何でも好きじゃん。」
「好きやけど、これが一位やねん。」
「そ、そっかー!」
「……嬉しそうやな。」
「そりゃ嬉しいよ。」


治が一番好きと言ってくれたのは小鉢に入ったわかめ炒め。生わかめをごま油でニンニクと一緒に炒めて、めんつゆと白ごまを和えた簡単な副菜。名字家では毎日のように食卓に上がるメニューで、得意料理と言うのは大袈裟だけど、これと味噌汁と玉子焼きだけは何も見ずに作れる数少ないレパートリーだ。


「俺名前の作るめしがないと生きていけへんわ。」
「大袈裟だなあ。ありがとう。」


治が長年の夢だったおにぎり屋さんを開業したのが2年前。たくさん苦労はあったみたいだけど、今ではすっかり地元に愛されるおにぎり屋さんとして認知されていると思う。
昼時にはご近所さんや近くで働いてる人、夕方になると学校帰りの学生や主婦、そして夜には仕事終わりの人達が寄って、治の握ったおにぎりを食べていく。たくさんの人が治のおにぎりを食べて、日々のエネルギーをチャージしている。そんなすごいことをしてる人が、私の料理をこんなにも褒めてくれるなんて、自分は料理の才能があるんじゃないかと自惚れてしまいそうだ。


「……知っとるか、名前。」
「ん?」
「俺らの身体ってな、めしでできとんねん。」
「? うん、知ってるよ。」


治が箸を休めたかと思えば神妙な面持ちで話し始めた。私もお箸を置いて耳を傾けるけど、どういうジャンルの話題なんだろう。この段階ではわからない。


「週に4食、名前のめし食っとるから……俺の身体は20%くらい名前のめしでできとるってわけや。」
「……うん。」


1日3食として1週間で21食。そのうちの4食だから20%……こういう計算をするのは久しぶりで時間がかかってしまった。厳密には違うんだろうけど、治のこのがっしりとした身体の20%が私の作ったご飯でできていると思うとなんだか感慨深い。


「これをな、全部にしたい。」
「全部?」
「100%。」
「100%は……」


無理だよ、そう続けようとしたところで治の意図が読めてきた。100%にするには、毎食私が作ったご飯を食べなきゃいけない。その意味を考えて途端に心臓がざわざわと騒ぎ始める。


「いや、全部は言い過ぎか。毎日3食作れとか、亭主関白みたいなこと言うつもりはなくて……」


『亭主関白』。先読みしすぎな単語に思わずくすっと笑ってしまった。


「んー……愛した人の手料理が自分のエネルギーになってんのって、めっちゃ幸せやねん。」


他にいい表現が見つからなかったのか話題が少しズレた。うん、そっちの方が数字を並べられるよりもわかりやすい。「愛した人」っていうのは少し、照れちゃうけど。


「これから先の人生、俺の身体をつくるのは名前の手料理であってほしい。」


まっすぐ目を見て言われた。一見いつもの穏やかな表情に見えるけど、テーブルの上に置かれた拳にはグッと力が入ってるように見える。今、治の心臓は私と同じかそれ以上に騒いでいるんだろうか。


「ふ、普通に言って……」
「何やねん、渾身のプロポーズにケチつけんなや。」


治らしいプロポーズだとは思うけどこんな情熱的なプロポーズ、消化しきれないしどうやって答えたらいいのかわからない。


「結婚してください。」
「うん、よろしくお願いします。」


食卓テーブルに向かい合って座った状態で治が深々と頭を下げて、私も深々と頭を下げる。京都旅行で買った小鉢からニンニクとごま油の香りが鼻を掠めた。
こんな私を選んでくれてありがとう。治に感謝しなくちゃいけないことは挙げたらキリがないし、これからもどんどん増えていくんだろう。一生かけて伝えていきたい。私の手料理を「うまい」と笑顔で食べてくれる治こそが私の生きる活力だ。



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素敵なリクエストをありがとうございました!!