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最後の春高、私達はシードを獲得したものの初戦で烏野高校に敗れて高校3年間の部活動に幕を閉じた。
中学から続けてきたバレー部のマネージャーだったけど、おそらく私がバレーと直接的に関わるのはこれが最後になるだろう。私がマネージャーになったのは特別何か強い信念があったからとかではない。中学1年で同じクラスだった北くんに、「部活どこに入るか決めとらんならバレー部のマネージャーやってくれんか」と誘ってもらったからだった。北くんと同じ高校に進学してからもなんとなく続けていた。
そんな私でも試合に敗けた時は本気で涙を流したし、いつの間にかこの場所がとても大切なものになっていた。北くんに誘ってもらえて本当によかった。
私の青春の大半を占めていた部活動も、あとは明日の引退式を残すのみだ。


「悪い、早めに来たつもりやったけど。」
「ううん、私が早く来すぎちゃった。」


この日、私は北くんを呼び出した。13時に学校の近くの公園と伝えて、北くんが5分前行動なのは知ってたから私は10分前に来た。たった5分じゃ心を落ち着かせることはできなくて、第一声が少し裏返った。
今日、私は北くんに告白する。


「……ここ懐かしいな。」
「うん、あの時はありがとう。」


北くんとは中学の頃からの付き合いだけど、明確に好きだと思ったのは高校2年の夏。進路のことで悩んでいた私の話を、この公園で日が暮れるまで聞いてくれた。北くんの「諦める必要なんてない」という心強い言葉を聞いた瞬間、この人のことが好きだという気持ちがすとんと胸に降りてきた。恋に落ちる瞬間ってもっと劇的なものだと思っていたけれど拍子抜けするくらいに呆気なかった。それでも今も鮮明に覚えている。
4月からはお互い大学生になる。第一志望校に合格すると仮定したら別々の学校に進学する。そうなると北くんとこうやって顔を合わせられる期間はもうあまり残されていない。6年間ほぼ毎日顔を合わせてきたからか、本当に会えなくなっちゃうなんて実感が湧かない。
北くんには中学の頃からたくさん助けてもらってきた。勉強のことに家族のこと、恋愛のことを相談したこともあった。いつだって北くんは私の言葉全部を聞いてくれて、私のことを第一に考えた答えをくれる。私は今まで何回北くんに助けられたかわからない。


「私、北くんに会えてよかった。」
「……何やねん、急に。」


私のありったけの気持ちを込めた言葉に北くんは一瞬目を丸くして、それから優しく笑った。基本的に表情が落ち着いてる北くんのくしゃっとした笑顔が見られる人間は限られている。だから多少なりとも、私は北くんにとって特別なんじゃないかなと自惚れていい……はず。


「北くん、あのね……今日は聞いてほしいことがあって……」
「受験のこと?数学なら教えよか。」
「違くて……」
「俺も名字に英語教えてもらお思ってた。」


いつも最後まで話を聞いてくれる北くんが私の話を遮るのは珍しい。というか不自然に感じた。北くんは人の感情に鈍い人ではない。いきなり呼び出されて、緊張した感じで切り出した時点で私の真意は伝わっていてもおかしくない。告白を察知してはぐらかされたんだとしたら遠回しに拒否されたってことだ。


「このthatが示すものなんやけど……」
「……ごめん、私もわかんないや。」


同じ気持ちだったらいいな、なんて思ってたのにな。受験は自分の頑張りである程度どうにかなるけど、こればっかりはどうしようもない。
大事な時期にこれ以上北くんを困らせたくない。私は精一杯笑顔を繕ってこの場をやり過ごした。どうやって会話を終わらせたのかは憶えてない。



+++



そして引退式当日。


「めっちゃ泣いとるやん。」
「……北くんもちょっとは泣いてよ。」


春高最後の試合の時にこれでもかという程泣いたのに、改めてみんなの顔を見たら秒で泣いてしまった。そんな私の隣に腰をおろしたのは北くんやった。別に泣いてるのを見られるのは初めてじゃないから構わない。ただ、このタイミングで北くんの顔を見るのは辛かった。引退の涙に混じって失恋の涙も出てきてしまいそうで。


「話したいことあんねん。」
「それ今じゃなきゃあかん?」
「うん。今日ってずっと前から決めとった。」
「こんな状態でちゃんと聞けるかわからへん。」
「落ち着くまで待つ。」


北くんと一緒におったら余計落ち着かないんやけど。今は一緒にいたくないのに理由を追求されるのが怖くて口にすることができなかった。


「名字とはもう6年も一緒におるんやなぁ。」


私の遠回しの拒絶を無視して、北くんはぽつりぽつりと話し始めた。


「高校でもマネージャーやってくれるとは思わんかったわ。」
「好きやし……バレー。」
「はは、せやな。」


全然知識のないところから始めたマネージャーだったけれど、高校でも続けようと思えたのはバレーが好きだという私の意志だ。高校1年の時は北くんがどうこうと思ってたわけじゃない。この6年間はきっと私の生涯で忘れることのない大切な期間になる。
北くんにフられたことも、きっとあと数年経てば甘酸っぱい思い出やったと語れる日が来るのかもしれない。



「名字のことが好きや。付き合うてくれ。」
「……は?」


最後になるであろう北くんの顔を噛み締めていたら急ににっこり微笑んで好きだと言われて、思考も動きも停止した。とめどなく溢れていた涙も引っ込んだ。
意味がわからない。昨日私の告白をはぐらかしたくせに、何で今日手のひらを返してくるの?からかわれてるんやろか。


「でも昨日……」
「悪いな、中学ん時から今日……引退したら言うって決めとった。」
「え……?」


ツッコミどころが多すぎる。
まず、中学ん時からって本気で言っとるん?全然そんな素振り見せなかったやん。2回くらい恋愛相談だってしてたのに……「俺は名字が幸せならええよ」って、どんな気持ちで言っとったの。
それから、昨日私の告白をはぐらかしたのは引退したら言うって決めてたから?たった一日しか変わらんやんか。


「……北くん、頑固オヤジや。」
「まだオヤジいう歳と違うわ。」


北くんのよくわからないこだわりのせいで随分と振り回された。恨めしい気持ちを込めて小言をぶつけると、北くんはまた柔らかく笑う。そんな顔されたら好きが溢れてこれ以上文句も言えない。


「……でもまあ、オヤジになっても名字と一緒におるつもりやからな。そんくらい歳とった時はオヤジって呼んでええよ。」
「!」


ああ、もうどうでもええ。昨日、人生最高に泣いたことなんて今の北くんの言葉で吹っ飛んだ。


「北くんのばかぁ……大好き……!」
「ははは、うん。ありがとう。」


北くんに会えてよかった。一緒に部活をやってこれてよかった。好きになってもらえてよかった。
あと何十年後、本当にオヤジになっても名前で呼び合える仲でいたいな。北くんの大好きな笑顔を見てそんなことを思った。



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素敵なリクエストをありがとうございました!