おかんの弁当だけじゃ足らんと治と一緒に文句を言ったのは高校に入学して1週間くらいやった。もちろん怒られて、その翌日から500円を与えられることになった。
昼休みに弁当を食い終わった後、この500円で購買のパンを2つと自販機のジュースを買うのが俺の日課や。
「……」
いつも使てる自販機に先客がいたから大人しく後ろに並んで、まあまあの時間が経った。モタモタしとんなぁと思ったら財布の中の小銭を探しとるみたいやった。なるべく小銭増やしたくない気持ちはわかるけど早よしてくれへんかな。
背後から女子の横顔をこっそり覗いてみると見覚えのある顔やった。確か1年の時同じクラスだった…… 名字さん?あんま話したことないからうろ覚えや。
「あ、何か落ちた……」
「!?」
名字さんが小銭を取り出した拍子に財布から何かがひらひらと落ちたから声をかけると、すごい勢いで振り返って驚かれた。そんな目ェ丸くして驚くようなことなんかと、こっちまで吃驚してまう。
「ご、ごめん邪魔やった!?ごめんねっ、どうぞ!」
「え、いや……」
名字さんは俺の弁明も聞かず逃げるように去っていった。飲み物買うとらんけどええんか。なんか俺が追い払った悪者みたいで釈然としない。邪魔なんて一言も言うとらんやん。……ちょっとは思っとったけど。
行ってまったもんはしゃあない。とりあえず名字さんが落とした紙切れを拾ってまじまじと見てみる。どうやらバンドのコンサートチケットらしい。詳しくは知らんけどけっこう派手めなロックバンドやと思う。名字さん大人しそうに見えてこんなんが好きなんか、意外。
「20円入っとるやん。」
とりあえず名字さんの落とし物はポケットに仕舞っていつものジュースを買おうとしたら、自販機には既に20円が入っとった。
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「あ、名字さ……」
「!!」
その後、何回か名字さんにチケットを渡そうと近づいたものの名字さんは俺の存在に気づくとすぐに逃げてまって一向に渡せない。別にええけど、コンサート来週やろ。困るんは自分やで。
クラスの誰かに託せば済む話やけど、こうなったら意地でも直接渡したくなってきた。逃げられると追いかけたくなるんは人間の性やと思う。そもそも何で俺は名字さんに怖がられとんのや。名字さんをおどかすようなことをした覚えはない。つーかそれ以前のもんだいで、話したこともろくにない。
「!」
昇降口の脇で名字さんを見つけて柱の影に隠れた。今日はもう2回逃げられとるからな。
「治くんが教えてくれたラーメン屋さん美味しかったよ。」
「せやろ。あそこのつけ麺めっちゃ好き。」
なんやニコニコ話しとんなと思ったら相手は治やった。
は?何でよりによって治やねん。何で俺はあかんくて治はええんや。同じ顔やろが。つけ麺がうまいラーメン屋なら俺も知っとるし。
治と仲良さげな様子を見ていたら沸々と不満が溢れてきた。
「仲良さそうやねお2人さん。」
「ん?」
「っ!?」
我慢できなくなって2人の会話に乱入した。どこぞの噛ませ役のような登場の仕方やとは自分でも思う。
俺の存在に気づくと、特に表情を変えない治とは対照的に名字さんの顔が一気に強張った。さすがに治がいる前では逃げられへんのか、二歩下がるだけやったから俺も二歩詰めた。
「名字さんさあ、何で俺は苦手なん?サムと同じ顔やん」
「え、あの……苦手というわけじゃ、なくて……」
まさか名字さんとのちゃんとした会話がこんなんになるなんて、俺やって本意やない。目下にいる名字さんは一向に俺と目を合わせようとしないし指先も震えている。これを苦手と呼ばず何と呼ぶんや。
「あ、圧が……」
「圧……?」
「あーわかるわかる。」
「おおん!?」
圧?威圧感があるってことか?もちろん圧かけてるつもりなんて無い。名字さんちっこいからな……デカいのがあかんのやろか。
「これならどう?」
「!」
どうしたら圧を感じなくなるのか、足りない頭で考えた結果俺はその場にしゃがんだ。俺を見下ろす名字さんはわかりやすく困惑しとって、俺は瞬きする度に動く名字さんの睫毛をぼんやりと見つめた。
「ほーら名字さん、怖くなーい怖くなーい。」
「お、治くん!?」
そんなわけのわからん状況の中何を思ったのか、治が固まる名字さんの手を取って俺の頭に乗せてきた。明らかに俺をおちょくった行動やけど、顔を真っ青にしながら俺の頭を強制的に撫でさせられる名字さんを見てたら悪くないなと思った。
「大丈夫やって、噛み付かへんよ」
「う、うん……」
噛み付くわけあるか。
多分治なりに名字さんの俺への恐怖心を払拭してあげようとしてるんやろな。もちろん俺をおちょくる気持ちは絶対ある。
カシャ
「「!?」」
とりあえずされるがまま大人しくしとったらシャッター音が聞こえた。音の方を向くとスマホを手にした角名がおった。普段の部活でも何かと変な写真を撮ってくるから角名のスマホケースの柄覚えてまったわ。
「角名何しとん。」
「侑が女子に手懐けられてるの図。」
ばっちり撮られたうえに不名誉なタイトルまでつけられた。
角名をどつく前に名字さんの反応を窺ってみたら口元に手をあててわなわなと震えとった。名字さんのリアクションがおもろくて写真撮られたことはどうでもええと思えてきた。
「……まあええか。」
「よくないよ!?」
苦手と思われててもええ。しばらくはこのリアクションを楽しませてもらお。
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