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「……ん?」

移動教室から帰ってきたら机の中に私の物ではない英語の単語帳が入っていた。英語の授業は2クラスの生徒を成績順に3グループに分けて行われている。さっき私の席を使っていた人が忘れていってしまったんだと思われる。私の席を誰が使っていたかなんて把握していない。名前も書いてないし、どうしようか。

「それ多分川西の。俺返しとくよ」
「!」

誰かの教科書を片手に悩んでいると横から声が飛んできた。その声の主が白布くんで少驚いた。白布くんとは2年間同じクラスだけどあまり話したことがない。気難しそうで近寄りがたい印象のある白布くんから声をかけてくるなんて正直意外だ。状況が理解できたとしても見て見ぬふりしそうなのに。

「あ、ありがとう」
「別に。ごめんな」

教科書を引き取ってくれた白布くんは私が想像していたよりも全然怖くなかった。川西くんという人は白布くんのよく知る人なんだろうか。「ごめんな」という砕けた口調にドキっとした。


***


そして昼休み、川西くんと思われる人に教科書を渡してる現場を偶然にも目撃した。

「うっせーよ」

会話は聞こえないけど川西くんを小突いた白布くんは笑っていた。白布くんも、こういうよく見る男子高校生の何気ないやりとりをするんだなあ。新鮮だ。というか、笑顔初めて見たかもしれない。笑うと少し幼く見える。

「……!」

無意識に白布くんを見つめていたら川西くんの方と目が合ってしまって、慌てて逸らした。面識はないにしてもジロジロ見てきて変な奴と思われたかもしれない。居たたまれなくて私は足早に廊下を歩いた。

「あ、名前さん!」
「!」

職員室の前を通りかかったところで私を呼び止めたのは工くんだった。工くんは弟の友達で中学の頃からの付き合いだ。白鳥沢に入ったことは聞いてたけどこうやって校内で会うのは初めてだと思う。

「すごい、また身長伸びた?」
「はい! 180超えました!」
「おお〜。うちの弟ももうちょっと伸びてくれたらいいんだけどね」

最後に会ったのは去年の冬にうちに受験勉強に来た時だから、久しぶりに会った工くんはすごく大きく見えた。身長のことに触れると工くんは嬉しそうに報告してくれた。工くんは典型的な褒めて伸びるタイプなのだ。捻くれたうちの弟とは違ってとても素直で可愛い。

「部活はバレー部だよね?どう?」
「ぼ、ぼちぼちです!」
「牛島さんってすごい人なんだよね。怖くない?大丈夫?」
「大丈夫です!よくわからない先輩とか褒めてくれない先輩はいるけど……」
「あはは。私のところに来ればめいっぱい褒めてあげるよー」
「あざす!!」

中学の時、工くんといえばバレーが上手で有名だったから白鳥沢にスポーツ推薦で入学したと聞いて納得した。白鳥沢は昔からバレーが強いらしく、特に今年は牛島さんというユースにも選ばれたすごい選手がいて、確か去年全国大会に行っていた。中学で華々しく活躍していた工くんでも、ここ白鳥沢ではなかなか苦戦してるみたいだ。

「五色!」
「はいっ!!」

和やかに話していると語気強めに工くんの名前を呼ぶ声。そして条件反射のように背筋を伸ばして大きな声で返事をした工くん。工くんを呼んだのは白布くんだった。工くんは「失礼します」と頭を下げて白布くんのもとへ小走りで行ってしまった。
そういえば白布くんもバレー部だった。部活の話をしてるんだろうか、先輩として振る舞う白布くんはなんとなく雰囲気が怖かった。やっぱり体育会系って厳しいんだろうか。また白布くんの新たな一面を見てしまった。


***


金曜日。運動が苦手な私にとってさほど嬉しくもない球技大会の日がやってきた。卓球で早々にリタイアして、友人に連れられて男子のバスケを見に行ってみると何やらすごく盛り上がっている。

「すご、牛島さんってバレー部でしょ?」

どうやら注目を集めているのは3年生の男子バスケ決勝、バスケ部顔負けの素晴らしいディフェンスを見せる牛島さんのようだ。バレーもバスケも身長が大事なスポーツだと思う。大きいってそれだけで強そうだもん。気迫も相まって2メートルくらいに見える。

「チッ……」
「何?」

舌打ちが聞こえたと思ったら白布くんだった。午前中にサッカーやってるのはチラっと見たけど、ここにいるってことは敗けちゃったんだろう。川西くんの隣でバスケを見るその表情は険しく、眉間にシワを寄せている。

「牛島さんにボール触らせんなよ、怪我したらどうすんだよ」
「ボール触らせないのはさすがに無理だろ」

バスケというか、牛島さんを見ているみたい。牛島さんといえばバレー部のエース。接触プレーが多いスポーツだから心配してるのかな。ボールもバレーボールより硬くて重いから気持ちはわかるけど、確かに気にしすぎなようにも思える。

「お疲れ様です」

試合を終えた牛島さんに白布くんは自ら歩み寄って声をかけた。先輩だろうと積極的にコミュニケーションを取るタイプには見えなかったから意外だ。いや、多分そうなんだろうけど牛島さんが特別なのかな。後輩としての白布くん……また新しい一面を見ることができた。
ここ数日で教室では見られない白布くんをたくさん知ることができた。友達と談笑する白布くんに、先輩としての白布くん、そして後輩としての白布くん。教室でも色んな表情を見せてくれれば印象も変わるのになあと思ったけど、それは川西くん、工くん、牛島さんという白布くんにとっての特別な人がいるからこそなんだろう。

「……いいなあ」
「え、何が?」
「! な、何でもない」

つい心の声が漏れてしまって隣にいた友人に怪訝な顔をされた。友人は適当に誤魔化せばいいけど、このタイミングで白布くんとばっちり目が合ってしまって見過ぎていたことを自覚した。慌てて視線を逸らした後も視界の端に映る白布くんの瞳は私に向いている気がした。

「トイレ行ってくる」

なんだか居たたまれなくて私は体育館から逃げた。
工くん達に対して「いいなあ」なんて思った自分がよくわからない。それってつまり、私も白布くんにとっての特別な人になりたいってことなんだろうか。確かに私の前でも笑ったり怒ったり、いろんな表情を見せてくれたら嬉しいと思う。ただのクラスメイトなのに、こんなこと思うなんて変なの。

「名字さん」
「!」

特にトイレに行きたいわけでもなく、体育館裏をうろうろしていたら白布くんに名前を呼ばれた。川西くんの姿はない。

「最近、よく目ェ合うなって思うんだけど」
「あ……うん、見過ぎてたよね、ごめん」
「何で?」
「え……」
「何で見てたの?」

もしかして私が見過ぎていたのが原因で怒らせてしまったんだろうか。え、どうしよう。わざわざ追ってくるってことは相当頭にきてるってことじゃん。

「なんか、教室で見る白布くんと違うなあって、新鮮で」
「?」
「川西くんとか牛島さんと話す時とか、笑ってるし……」
「……俺教室で笑ってない?」
「うん、あまり見ないかな」
「……」

決して敵意はないんですよということを説明したけど白布くんはまだ腑に落ちない顔をしている。

「何で、笑ってる俺見てたの?」
「え……何でだろう……?」

白布くんの追求はまだ終わらない。質問に対する明確な答えが返ってこないと解放してくれなさそうだ。
何で白布くんの笑顔が見たいのか……そこに理由を探すとしたらやっぱり物珍しさだと思う。昔から一度気になった疑問は解決しないと気が済まなかった。

「……探究心?」
「……」

私が考え抜いて出した答えを聞いた白布くんはすごい形相で睨んできた。理由はわからないけど目で「お前何言ってんの」と訴えられていることはわかる。どうやら私は答えを間違えてしまったらしい。いや、何で白布くんが正解を知ってるのって感じなんだけど。

「バーーーカ」
「!」

あ、また初めて見る顔。怒ったような、呆れたような……慈しむような、複雑な表情。この顔は私にしか見せてないんじゃないかな。その事実に気付いた時、少しだけ正解に近付いた気がした。