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「はあ……」

小さい頃からずーっと少女漫画みたいな恋に憧れてきて、高校生では素敵な彼氏をつくろうと意気込んでからもう半年が経った。この期間で私が恋をした人は3人。一人目は同じクラスのテニス男子で、隣の席になってよく話すようになって好きになった。二人目は委員会の先輩で、優しい言葉をかけられて好きになった。そして三人目は友達の彼氏の友達で、紹介されて4人で遊んでその日のうちに好きになった。
普通の人より惚れっぽいというのは自覚している。でもどの恋も確かに本気だったしちゃんと好きだった。だからこうして失恋した時はご飯も全然食べられなくなるし何もする気がなくなってしまうのだ。

「お、名前ちゃん今日はブルーだねぇ。フられちゃった?」
「松川さんんん〜〜〜」

部活前に体育館の裏にしゃがみ込む私に声をかけてくれたのは同じ部活の先輩、松川さんだった。

「直接フられたわけじゃないんですけど、一緒に遊んだ次の週には彼女できてたんです……」
「あー……まあ、告白する前に知れて良かったんじゃない?」
「いえ、どうせなら告白してフられたかったです」
「うん、名前ちゃんのそういう逞しいところいいと思うよ」
「えへへへ」

松川さんは私がこうやって失恋で落ち込む度に慰めてくれるから、ついつい私も甘えてしまう。及川さんや花巻さんとかだったら絶対からかってくるもん。同学年の国見くんは私の恋愛なんかに興味ないし、金田一くんは疎いから話しても意味ないし。

「そんな焦らなくても彼氏なんてすぐできるよ。名前ちゃん可愛いし」
「えへ、えへへそうですか?ありがとうございます」

そして何より松川さんは褒めてくれる。
基本的に褒められて伸びるタイプの私は、松川さんの優しい言葉を聞くとすぐに立ち直れちゃうのだ。もちろん本気で松川さんが私のことを可愛いと言ってくれてるなんて思っていない。それでも松川さんの落ち着いた声色を聞いて、大きな掌で頭を撫でられたらいとも簡単に元気が出た。松川さんはすごい。


***


「最近名前可愛くなったよね〜」
「えッ本当?嬉しい!」

高校3回目の失恋から2週間、私はすっかり立ち直って友人からもこうやって可愛くなったと褒めてもらうことが多くなった。そう言われるための努力をしてきたから心の底から嬉しいと思う。
あれから私はこのままでは永久に彼氏なんかできないと思い、少し背伸びをして大人っぽいファッション雑誌を買って隅々まで読み込んだ。恋愛テクニックはまだ実践する相手がいないから、服装や髪型、先生に怒られない程度のナチュラルメイクに挑戦している。
中でも友人から評判なのはK-POPアイドルがプロモーションしてるリップクリームだ。『カレが思わずキスしたくなっちゃうようなプルプル感』らしい。その効果の是非はわからないけど、おしゃれするって女の子にとってすごく大事なことなんだと実感した。男の人へのアピールはもちろん、いつもの自分より可愛いと思えたらそれだけでその日はご機嫌に過ごせる。

「あっ、松川さーん!」

視界の端に松川さんを見つけて反射的に駆け寄った。きっと松川さんなら私の変化に気付いて「可愛いね」と言ってくれるはず。そう、私は褒めてもらいたくてしょうがないのである。

「久しぶり。テストどうだった?」
「あ、はい、ぼちぼちです!」
「名前ちゃんって意外と頭良いよねー」
「意外って!よく言われます!」

こういう時に限って松川さんは私の変化に触れてくれない。おかしいな、男の人はこういうの疎いって言うけど松川さんなら絶対気付いてくれると思ったのに。

「……ん?」
「えっと、あの、何か気付きませんか……?」
「うーん、わかんないなぁ」
「実はリップクリームを塗ってるんです。プルプルになるってやつなんですけど……」
「ああ、うん。それね」
「はい!」

結局褒めてもらいたいという気持ちが強すぎて自分から言ってしまった。

「ど、どうですか……?」
「……」

いつもだったらすぐに私の欲しい言葉をくれる松川さんが、無表情でじいっと私の唇を見てきて不安になる。渇いてもうプルプルじゃなくなってしまったんだろうか、いや、さっき塗ったばかりだからそんなことはない。似合わなかったのかな?でも色はついてないし、そもそも松川さんはそんなこと言う人じゃない。

「俺はそれ嫌い」
「!」

うっすら口角を上げた松川さんはゆったりとした動作で私の顔に手を伸ばしてきて、その親指で私の唇を拭った。

「……!?」

はっきり「嫌い」と言われたけどそんなこと気にしてられないくらいの衝撃だった。男の人に唇を触られるなんて初めてで、とんでもない羞恥心がこみ上げてきた。私の目線に合わせて笑う松川さんを、初めて怖いと感じた。

「名前ちゃんには必要ないと思うよ?」
「え、な、ど、どういう……」
「俺そういうの気にしないし」
「!!」

少しずつ衝撃の波が落ち着いてきて、松川さんの言動の意味を考える余裕が出てきた。
松川さんはこのバカ売れのリップが嫌いと言った。何故ならばそういうのを気にしないから。ここで松川さんの主観的な理由を述べられる意味とは。

「名前ちゃんは可愛いから、すぐ彼氏できるよ」

この前言われた言葉をそのまま繰り返されて、ようやくそこに含まれた本当の意味を察した。
今この状況で自信たっぷりにそんなことを言ってくるなんてズルい。本当にすぐ彼氏ができるんじゃないかと期待してしまう。それも、私にはもったいないくらい大人で色気に溢れた彼氏が。
先のことを想像したらつい松川さんの唇に視線がいってしまって慌てて逸らした。そんな私を見て松川さんの笑みが深くなったように感じた。
私の期待通りに褒めてはもらえなかったけど、松川さんは私に史上最高のドキドキを与えてくれたのだった。