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「鈴木くん進路希望調査のプリント出した?」
「やっべまだだった!サンキュー名字さん!」

昔からよく友達に「お母さんみたい」と言われた。良くいえば面倒見が良い、悪く言えばお節介。比較的前者で捉えてくれる人が多くて交友関係には恵まれていると思う。けれど一転、恋愛の局面になると私のこの性格はいいように機能しない。
中学3年、卒業式の前日に好きな男の子に勇気を出して告白してフられた。友達として前から仲が良かったから少なくとも嫌われてはいないと思っていた。なんならOKを貰えるんじゃないかとふわふわした妄想ばかりが膨らんでいた分、ショックも大きかった。

『ごめん。名字のことは好きだけど付き合うとかじゃなくて、お母さんみたいな感じなんだよね』

こうして私の初恋は無残に砕け散った。別に彼に対して未練が残っているわけではないけれど、あの時言われた言葉は一言一句間違えることなく私の中に残っている。高校では同じ轍を踏むまいと思っていたのに、人間簡単に性格を変えられたら苦労しない。

「腹減ったー!名字何か持ってない?」
「毎日私にタカってくるのやめてくんない?」

私は性懲りもなく仲良くしてくれる男の子を好きになってしまった。

「とか言って、ちゃーんと持ってるんでしょ?」
「……チョコだけど」
「わーいありがとう!」

私があげると言う前にチョコを攫っていったのは及川徹……学年問わず、青城女子はほぼ全員知っている名前だと思う。我ながら何で、よりによって及川のことを好きになっちゃったんだろうと思う。顔が良いとはいえ、同学年の女子からの扱いは割と雑だ。それは及川の親しみやすさという長所の結果とも言える。キャーキャー言う女子も一定数いるし、学校一のモテ男であることは間違いない。そんな及川に対して私は特に秀でた特技も容姿も備えていない一般人。釣り合うわけがない。

「あ、英語のノート見せて」
「えーまた?」
「わーいありがとう!」
「まだ貸すなんて言ってないんだけど」

表面的には小言を言いつつも満更でもない私がいた。そもそもこのチョコレートだって及川のために用意したものだし、授業のノートを真面目にとるようになったのもこうやって及川が借りに来てくれるからだし。少しでも及川との接点になればいいなという下心の塊なのだ。そんなこと知られたら気持ち悪いって思われるだろうから、つい仲の良い友達を演じてしまう。友達として仲良くなればなる程それ以上の進展は期待できない。この心地良い関係が崩れてしまわないように必死になっている私を、第三者が見たら滑稽だと思うんだろうな。


***


「鈴木くんありがとう」
「いいえー」
「あ、チョコあげる」
「マジ?やったーありがとー」
「じゃあ部活頑張ってね」
「おー」

ゴミ袋2つを足にぶつけながら歩いてたら鈴木くんが助けてくれた。普通の人ならフラグが立つような場面かもしれないが「名字さんぎっくり腰しそうだからな」という安定のおかん扱いである。別にいいけど。お駄賃としてあげたチョコは最後のひとつだった。また明日新しいの買わなきゃ。そういえばお菓子のチョイスに対する文句は言われたことないけど、及川って何が好きなんだろ。

「名字何してんの?」
「うわ吃驚した……及川こそ何してんの?」
「今から部長集会」

不意打ちで現れるのやめてほしい。ちょうど及川のことを考えてる時だったから必要以上に驚かされた。なるほど、部長集会だからサッカー部の部長の鈴木くんもここを通ったのか。

「何で鈴木にチョコあげてんの」
「ゴミ出し手伝ってくれたから」
「……」

もし及川が先に来ていたら及川がゴミ出しを手伝ってくれたんだろうな。根は優しくて、困ってる人を見たら男女構わず手を差し伸べるいい男なんだ、及川は。

「早く行きなよ、遅刻しちゃうよ」
「うるさいなぁ、わかってるよ」

私のせいで及川を遅刻させるわけにはいかないと思って、及川のためを思っての言葉だったのに強めに突っぱねられた。え、何で。反抗期の息子か。

「あーはいはい、私は口うるさいおかんですよー」
「何それ。母ちゃんぶるのうざいんだけど」
「私だって好きでおかんやってるわけじゃないもん。おかん扱いしてくるのはそっちじゃん」
「はあ?」

どうしよう、こんな喧嘩腰なこと言うつもりじゃなかったのに。恋愛対象になれないのはしょうがないとして、せめて及川の前では『女の子』でありたかったのに。自分勝手な不満を及川にぶつけても何にもならないのはわかってる。

「いつ俺が名字のことおかん扱いしたって言うわけ」
「毎日ノート見せてって言ってくるしおやつねだってくるし」
「な、それは……!アレじゃん……!」

及川は口ごもった。ほらね、言い返せないじゃん。
こんなこと言っちゃって、明日から及川が話しかけてくれなくなったらどうしよう。どんな形であれ及川が私を見てくれればそれだけで嬉しかったはずなのに。自分でも気づかないうちに、叶わない恋に対するストレスは溜まっていたらしい。遅かれ早かれ、こうなっていたのかもしれない。

「あーーもう何でわかんないかな!?バカなのかな!?」
「はあ!?」

挙句の果てにはバカ呼ばわりをされた。流石にカチンときてつい可愛げのない反応をしてしまう。

「だから!俺はお前に母ちゃんじゃなくて彼女になってほしいんだよ!!」
「……は?」

キレた口調だったから告白まがいのことを言われたと理解するまでに時間がかかった。いや、ううん、理解が追いつかない。多分及川本人も今自分が何を口走ったかわかっていない。

「あ」
「……」

沈黙の途中で気付いたらしい及川は、小さく口を開けたかと思うとみるみる顔が赤くなっていき、視線を泳がしながら大きな掌で自分の口元を覆った。その仕草が勢いで出たであろうさっきの言葉の信憑性を増していく。あまりの衝撃に何も言えない。とりあえず今は及川の一挙一動を見逃してはいけないと思った。

「あーもー……こんなはずじゃなかったのに……」

照れくさそうに頭をがしがし掻いて、次に視線が合った時及川は真剣な顔をしていた。この顔は絶対かっこいいこと言ってくる顔。例えば試合前にチームメイト達を鼓舞する時のような、私の大好きな表情。心臓が飛び出そうになるのを抑えながら、私は人生最高の瞬間が訪れるのを待った。