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私は同じクラスの北くんのことが好きだ。とは言っても告白する勇気はない。斜め後ろの席からしゃんと伸ばした背筋を見たり、バレーをしてる姿を観客席から見てるだけで幸せだと思う。
しかし、こうして好きな人の姿を視界に入れて幸せを噛み締める日々も、高校を卒業したらパッタリとなくなってしまう。卒業までに何らかの形で想いを伝えたいとは思ってるけど今はまだ無理。小さいころから慎重だった私が行動を起こすためには、かなり前もって準備をする必要があるのだ。

高校3年の初夏。6月末に梅雨入りして7月になってもまだじめじめした日が続いている。今日、7月5日は北くんの誕生日。大好きな人が生まれた日を心から祝福したい。何度も色んなパターンでシミュレーションしてきたからきっと大丈夫。私は今日、北くんに「誕生日おめでとう」を伝える……!そんな決意を胸に抱いて、今日はかなり早い時間に家を出た。理由を聞いてきたお母さんには本当のことを言えず、友達と勉強すると嘘をついてしまった。
北くんは毎日部活の朝練に参加している。いつも一番乗りの北くんは職員室に寄って鍵を取ってくるはずだから、その時を狙って声をかける。そして、「朝早く大変やねー」とか言って「そういえばクラスの子から聞いたんやけど」みたいな感じで、自然な流れで「おめでとう」と伝えたい。頭の中で理想の自分を何度も思い描いて、深呼吸で気持ちを落ち着かせる。よし。けっこう早く来たつもりやけど北くんはもう来とるやろか。

「え!信介もう来るんか!?」
「早!」
「ちょ、誰か足止めしてきて!双子!」
「「ウィッス!!」」

すれ違い防止のために部室棟の近くを通ると、男子バレー部の部室から賑やかな声が聞こえてきた。この時間にこんなに人が集まっているのは珍しい。いつもは北くんが一番乗りなはずなのに。慌ただしい会話から、彼らが中で何をしているのかがなんとなくわかってしまった。

「北さん自分の誕生日忘れてそうやな」
「イチゴのケーキ食うんかな……やっぱ抹茶ケーキの方が良かったんちゃう?」
「俺はどっちでもええ」
「何でお前が食う気満々やねん」

部室から出てきたのはバレー部名物、宮兄弟だった。別に顔馴染みでもないのに、私は反射的にしゃがんで柵の影に身を潜めた。「北さん」「誕生日」「ケーキ」……この3つのワードだけで、いま部室で何が行われてるかが簡単に予想できた。これ絶対バレー部でお誕生日サプライズやるやつやん。何やねん、この男子集団可愛すぎか。悔しく思うと同時に、北くんがチームメイトから愛されていることが嬉しかった。こんなん私なんかが割って入っていけるわけがない。私は朝のタイミングは諦めることにした。


***


同じクラスとはいえ北くんと私が教室で雑談することはほぼない。用事があったら話す程度の奴が何の脈絡もなしに「誕生日おめでとう」なんて言ってきたら変に思われるだろうともじもじしていたら昼休みになってしまった。その間にクラスの男子達が北くんの誕生日をサラっと祝っていくのを見て、何度も心の中でハンカチを噛み締めた。

「名字さん購買行くの珍しいな」
「ど、どうも!ゲンカツギで!」
「?」

購買で滅多に買わないカツサンドを買った帰りに北くんとバッタリ鉢合わせして、しどろもどろな反応をしてしまった。「どうも」って何やねん、おっさんの挨拶か。しかしこんなところで北くんと会えるなんて、ゲン担ぎで買ったカツサンドが早速効力を発揮してくれたのかもしれない。今ここで言わなきゃ、きっともうチャンスはない。

「おお北ちょうどええところに!監督が呼んどった。職員室やて」
「おん、わかった」
「……」

私が「あの」と絞り出す前に尾白くんがひょっこり現れて、監督に呼ばれてると聞いた北くんは行ってしまった。私のチャンスタイムはあっけなく終わった。あっけなさすぎてその場に呆然と立ち尽くすことしかできない。ああ、北くん歩く時も背筋ピンとしとるなあ。

「……ハッ!!邪魔してまった……!?」
「ううん……大丈夫……」
「いや大丈夫やないやろ!?告白するんか!?」
「違う、いいの……」

生気なく立ち尽くす私を見て尾白くんは真っ青な顔で心配してくれたけど尾白くんは悪くない。強いて言うならばモタモタしとった私と、このタイミングで北くんを呼び出した監督が悪い。
残すチャンスがあるとすれば放課後。刻一刻と迫るタイムリミットと、チラリと顔を出してくるゲームオーバーの文字に絶望を感じ始めた。


***


放課後、校舎裏で北くんを待つ。

「……」

何故こんなことになっているか。真面目で優しい尾白くんが昼休みの件を気に病んでくれてたみたいで、わざわざ北くんを呼び出してくれた結果、こうなってる。親指を立てて「頑張れ」と言ってきた尾白くんはとてもいい顔をしていた。いや、告白と違う言うたやん。
確かに北くんと二人きりにになれる状況を作ってもらえたことは非常にありがたい。ただ、こんなところに呼び出しておいて「誕生日おめでとう」だけでええんやろか。そんなことのために呼び出したんかって呆れられそうで怖い。かと言ってこのタイミングで告白なんてできるわけがない。半年くらい計画を練らなきゃ無理。
予定にないことをアドリブでするのは苦手だ。当初の目的を見失ってはいけない。今日私は北くんの誕生日を祝うって決めたんだから。

「名字さん何しとんの?」
「え?鈴木くんこそどしたん?」

今まで何度もしてきたシミュレーションを頭の中で復習していると、同じクラスの鈴木くんに声をかけられた。北くんの声ではないと瞬時に脳が判断したから驚きはしなかった。

「窓から名字さん見えたから、何してんのかな思て」
「特に何してるってわけじゃないんやけどね」
「ふーん……受験勉強どう?」
「え、あ、うん、ぼちぼちかな」

壁に寄りかかった鈴木くんを見て少し焦った。もうすぐ北くんが来るかもしれないのに、ここでお喋りモード入られるのは困る。

「俺……」
「名字さんお待たせ」
「!」

どっか行ってなんて言えるわけもなく困っていたらKYとも言えるタイミングで北くんが登場した。「お待たせ」と現れた北くんを見て鈴木くんは察してくれたらしく、気まずそうに視線を泳がせて去っていった。多分勘違いしてるけど……まあええわ。

「……邪魔した?」
「え、何で?」
「鈴木、告白するみたいな雰囲気やったやんか」
「まさか〜。違うよ」
「……そうか」

邪魔なんてとんでもない。私の目的は最初から北くんだし、鈴木くんが私なんかに告白するわけがない。

「で、話って何?」
「あ、うん、あのね……!」

今こそ重ねてきたシミュレーションを実行する時……のはずなのに、いざ言おうとなった瞬間、なかなか思い通りに言葉が出てこなかった。

「誕生日、おめでとう……!」
「!」

私の練りに練った計画では、まずは軽い雑談から入って自然な流れで誕生日を祝うはずだったのに。北くんを前にして上がった心拍数に急かされて、いきなり本題をぶっこんでしまった。
北くんはきょとんとしている。そりゃそうだ、校舎裏に呼び出しておいてこんなオチ、意味わからんし何もおもんないもんな。違うの、本当はもっと可愛く思わせぶりなことも言いたかったのに。理想と現実が違いすぎて泣きそうになった。

「……そんだけ?」
「う、うん。ごめん、こんなことで呼び出して」
「いや、嬉しいは嬉しいんやけど……」
「?」
「名字さん、告白してくれるんちゃうかって期待してた自分が恥ずかしいわ」
「……!?」

私が北くんに告白すると見破られていたことに驚いたのはもちろんだけど、それ以上に「期待してた」とサラッと暴露した北くんにびっくりした。私が告白することは、北くんにとって期待するようなことなの?思わせぶりな台詞とはこういうことや、とクリーンヒットをくらった。

「告白は……まだ無理、です……」
「……俺今日誕生日やねん」
「う、うん」
「名字さんからの『好き』が欲しい」

いろんな衝撃でくらくらする私に北くんは容赦なく追い打ちをかけてきた。何なんこれ、私が思い描いてたシナリオと違いすぎる。私はアドリブにはめっぽう弱い。
混乱する頭でも北くんの言葉はわかりやすく、そして頼もしかった。北くんが示してくれたその言葉をなぞるだけで最高のハッピーエンドに辿り着けると北くんの笑顔が物語っている。

「……好き」
「うん、ありがとう。俺も名字さんのこと好きやで」

気付けば私はその二文字を口にしていた。嬉しそうににっこりと笑って、同じ二文字を返してくれた北くん。この人を好きになって本当に良かった。
北くんの誕生日なのに私がこんなに幸せでええんやろか。7月5日は私の一年で一番大事な記念日になった。