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「佐久早くんおーい!」
「……」

自販機の前で名字さんに捕まった。俺を見つけると名字さんは必ず声をかけて寄ってくる。それでも今年は違うクラスだからこうやって話す機会は随分減った。3日ぶりに名字さんを見て何か違うと思って、髪を切ったんだと気付いた時にはもう名字さんのお喋りが始まっていた。まあ別に、俺がわざわざ言うことでもない。午前中の世界史の報告をぼんやり聞きながら、いつも飲んでる水のボタンを押した。

「佐久早くんって一回開けたペットボトル次の日には飲まなさそうだね」
「当たり前じゃん」
「え、ほんと?当たったご褒美にジュース奢って!」
「えーー……」
「いいじゃんお願い!百円のでいいから!」

名字さんは思ったことはあまり考えずに口に出すタイプだ。何で当たり前のことを言い当てられたからって飲み物を奢らなきゃいけないのか、理解できない。

「……どれ」
「ミルクコーヒー!」

まあ百円だし、名字さんには1年の時部室に出たGを退治してもらった借りがあるからな。ミルクコーヒーと聞いて、いつぞや「コーヒーが飲めるようになった」と自慢げに話していたのを思い出した。もしこのことを言ってるんだとしたら、これは「飲めた」のうちに入らない。

「ありがとう……家宝にするね……!」
「いや飲めよ」

名字さんは自販機の口から出てきた紙パックを取り出して、嬉しそうに笑って両手でそれを抱きしめた。理解できないその行動をぼんやり見下ろしてると、ふと名字さんの肩口に小さなシールがくっついてるのを見つけた。

「……ふっ」
「エッ何!?」
「百円ついてる」
「ええ!? もー、優子だなー!」

何かと思えば百円の値札シールだった。心当たりはあるみたいだ。おそらく友人のイタズラなんだろう。金額の安さに思わず鼻で笑ってしまった。その紙パックと同じ値段じゃん。

「安い」
「! か、買う……?」
「いらない」
「ですよねー!ねえどっち?私見えないんだけど……」
「こっち」
「!」

死角になる絶妙な場所に貼られているせいで名字さんは見当違いなところをもぞもぞと動かした。一生懸命首を捻って見てる方とは逆の肩に貼りついたシールを取ってあげると、目を見開いて驚かれた。

「好き」
「……!?」

セクハラだと騒がれたらどうしようと一瞬思ったけど、名字さんは俺が予想もしなかった言葉を零して今度は俺が目を見開くことになった。

「佐久早くんのことが好き」
「……急に何だよ」
「触ってくれたらね、言おうって決めてたんだ」
「……」

意味わかんねぇ……こんなの触ったうちに入んねぇし、だとしても唐突すぎる。突拍子もない告白だった割には名字さんは満足げだ。「触ってくれたら言う」という変なルールは前から名字さんの中にあったのかもしれない。俺の都合は無視した、自分本位の告白だった。

「……付き合うとかは、無理」

別に名字さんのことは嫌いじゃない。なんなら一番話す機会が多い女子だと思う。それでもきっと俺は名字さんの望むものを与えてやれないから、中途半端に期待させるようなことはしたくなかった。

「じゃあ、これからも好きでいさせてね」

はっきりと断ると、名字さんは眉を下げて笑った。いつものへらへらした笑い方とは全然違うその表情に、胸のどこかが少し痛んだ。
「これからも好きでいさせて」なんて言葉は、この気まずくなった場をうまくやりすごすために繕ったものだろう。見返りがないとわかっていながら気持ちを持続させられる程、人間は辛抱強くないと思う。

「……」

なんか、あっけない終わりだったな。だからと言って名字さんの告白を受け入れる気はないけど。指についた百円シールを自販機の隣のゴミ箱に捨てて、こんな風に終わるのは嫌だなと思った。


***


俺の心配をよそに、名字さんの態度は全然変わらなかった。視界の中に俺を見つけては駆け寄ってきて、他愛もない話を一方的にして帰っていく。この様子を見て、誰が名字さんが俺に告白して振られていると気付けるだろうか。告白された俺でさえ、あの時の告白は夢だったんじゃないかと疑ってしまう。
変に気まずくなるよりはいいけどなんとなく腑に落ちない。それから、付き合わなくて正解だと思った。もし付き合ったら、名字さんの言動が理解できなくてイライラさせられそうだ。

「……」

そして今、俺は現在進行形で名字さんにイライラさせられている。駅の改札を出たところで名字さんを見つけたと思ったら、男に向かって手を振っていた。俺に向けている笑顔を他の男にも向けてることにも、胸元が緩めのシャツとヒラヒラしたスカートで着飾っていることにも腹が立った。

「……今の誰」
「う、わ、エッ佐久早くん会えて嬉しい!」
「誰アイツ」
「あ、知らない?4組の鈴木くん。ほら、剣道部の」
「知らない。何で一緒にいたの」
「え? デートだけど」
「……」

あっさりデートって言いやがった。何だよ、俺のこと好きでいるって言ったくせにもう別の男とデートとかできるのかよ。

「も、もしかしてヤキモチ……」
「ハァ? そんなわけないじゃん」
「……じゃあ来週も鈴木くんとデートしていい?」
「……」

上目遣いで探るような視線を向けられる。
名字さんと鈴木とやらがどこでデートしようが俺には関係ないし、それを止める権利はない。何で俺の許可を求めるんだ。

「佐久早くんが行くなって言うなら、行かない」
「……」

名字さんが俺に「行くな」と言ってほしいってことくらいわかってる。駆け引きとかするタイプじゃないくせに……慣れてないのがバレバレだ。そんな安い挑発にノるわけねえだろ。

「俺、来週ならヒマだけど」
「!!」

俺のせいにはさせない。決めるのは名字さんだ。ただ、名字さんならもう少し長く付き合っていたいとは思った。