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「で、俺らに頼みって何なん?」
「実は、私記憶喪失になってしまって……イナリ族の人なら治せるかもしれないって話を聞いて来ました。」
「え、アンタ記憶喪失なん?」
「はい。」
「……」


男の人の名前はアツムくん。警戒はまだ解かれていないものの、フランクで話しやすい。


「そういう術はサムが得意やんな。」
「! そうなんですか?」
「……」


狐の人はサムくんというらしい。
イナリ族の人が記憶喪失を治せるっていう情報は間違っていなかったみたいだ。
術をよそ者に施す場合には村の長の許可が必要だとアツムくんが言っていた。村長さんを説得できれば、記憶を戻してもらえるかもしれない……緊張してきたな。


「てかお前、さっきから何やねん。自分の足で歩いて自分の口で喋ればええやろが。」
「……」


そういえば。イナリ族の人なら狐の姿でも喋れるはずだし、人間の姿に戻ることもできるはずだ。それなのにサムくんは何も言わずにアツムくんの肩に乗ったまま、視線を逸らした。
















「ええか、キタさん怒らせたらめっちゃ怖いからな。」
「わ、わかりました。」


何度もアツムくんに念を押される。脅しとかじゃなくて本当に村長さんは厳しい人なんだろう。緊張してきたな。


「失礼します!」
「!」


アツムくんが背筋をシャキっと伸ばして扉を開けると、部屋の中央に綺麗な男の人が座っていた。
「村長」っていうから白髪でお鬚のあるお爺さんを想像していたのに……意外な姿に驚いて挨拶の言葉が出てこなかった。


「オサムがお世話になったみたいやな。ありがとう。」
「い、いえそんな!」


村長さんの声色は優しげで全然威圧感は感じない。なんだ、アツムくんが言う程怖い人じゃないじゃん。……怒ったら怖そうなんだろうなとは思うけど。


「で、記憶を戻してほしいって話やんな?」
「は、はい。」
「それならオサムが得意な術やけど……」
「!」


いつ説明したかはわからないけど、話は既に通ってるみたいだ。
村長さんが「オサム」と呼んだのはアツムくんに「サム」と呼ばれていた狐だった。
村長さんの視線を追ってオサムくんを見ると、ふいと視線を逸らされた。


「……オサムはアンタの記憶を戻したくないみたいやな?」
「え!?」


そっぽを向いてしまったオサムくんを見て村長さんは小さく笑った。
オサムくんはやっぱり何も言わない。初対面のはずなのに何でだろう……そんな嫌われるようなことしちゃったのかな。


「長として術を施す許可は出す。あとはアンタがオサムを説得するんやな。」
「……」


村長さんを説得するつもりで来たのに、私が説得しなきゃいけない相手はオサムくんのようだ。
何も喋ろうとしないオサムくんを、果たして説得できるんだろうか。






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