とある夫婦のお仕置き事情 1話目


部下がありえない発注ミスを仕出かしてくれた。
部長は自分は知らぬ存ぜぬで、結局、頭を下げに行ったのは係長の俺で、心身ともに疲れて家路へと歩みを進める。
35歳神崎正(かんざきただし)妻も子もいるいたって普通のサラリーマン。
仕事も終わって一息つきたいが、マイホームである我が家マンションの玄関前でドアノブに手が伸ばせずに突っ立っていた。
子どもは5歳になったばかりの生意気だが可愛い盛りの男の子。
息子には会いたいが、・・・妻と対面する事に気が重たいのだ。
2年前、2人目を妊娠したが残念な事に流産してしまい、それから、妻は激変した。
あれだけ優しく家庭的な女性だったのに、今は鬼嫁の様で物は投げるわ、無視するわ、俺の飯は(たまに)作らないわ、片付けをしなくなったわ、で帰ってからも息つく暇が無い。
こんな処で立ち尽くす訳にもいかず大きくため息を吐いて、妻の機嫌がいい様に、と願いながら玄関のドアを開けた。

「ただいまー」

「おかえりー!おっとー!あのな!今日な!」

俺の帰りを今か、と待ちわびていた息子は抱き付き、嬉しそうに今日、あった出来事を報告してくれる。
ああ、心が癒される。(ほろり)

「おお!凄げーなぁ。伏し浮きが出来る様になったのか―。じゃあ今度の休み、泳ぎに行くか」

「やったー!やったー!泳ぎ連れってってくれっるって!絶対、約束ー!指きりげんまん!」

見てくれ精神が強い息子だが、親としてはそれが可愛くて愛おしく感じる。
息子と指切りをしてリビングに向かって歩くと、食事を摂る為のテーブルには仕事に行く前に化粧したのだろう、化粧道具がそのまま出しっぱなしになっている。

「ただいま。化粧品はせめてポーチに入れろよ。飯食うのに置きっぱなしはよくねーから」

「・・・気になる人が片づければ?」

PCデスクの前に陣取って画面を見ていた妻は、ちらり、とこちらを見たが直ぐにPC画面に視線を戻した。

「飯は?」

「は?会社行く時に帰って食べるなんて言ってなかったから作ってないわよ」

「お前さあ、」

「何よ。同じだけ仕事してるのに家事は女の仕事?」

もう、目が吊り上っている妻の顔が見たくなく、ネクタイを外して冷蔵庫を開けて何か食べられるものを探す。
妻は何事も無かった様に息子と風呂に入りに席を立ちあがり、リビングを出て行った。
この後は風呂から上がった息子と布団に入り、一緒に寝てしまうがパターン。
リビングに出て来るのは俺が家を出てからになる。
正直、仕事をして貰わないといけない程、切羽詰まった生活をしている訳では無い。
家に居ても何もする事が無い、と文句を言われたので渋々承諾したが、本当にこれで良かったのか。
夕食の食器がそのままになったままのシンクを眺めていたら、余計疲れてしまい食事も摂るのを止めて俺は寝室に向かった。

朝は勿論、起こしてくれる訳ではないので、自分で起きる。
歯を磨き、髭を剃り、顔を洗って髪をセットする。
そして、Yシャツを探せばアイロンが掛かって無いやつが何枚か出て来た。
クリーニングに出してくれる訳でも無い。
出していて、と頼めば凄い勢いでキレられるから、スーツは週末、自分で纏めてクリーニングに出す。
Yシャツは自分で洗濯してアイロンをかける様にしている。
クリーニング代も自分の小遣いから出さないといけないので、Yシャツは自分で・・・。
時間を確認しながらアイロンをかけて、綺麗になったシャツに袖を通してカバンを持って家を出た。
何時もなら、夜、食器の片付けをして、朝、ゴミを纏めて2人の朝食を作って出るのだが、今日は何もせずに出て来た。
困ればいい、というつもりで。
多分、帰ったら自分が片づけて子どもの世話した、と怒鳴り散らすだろう。
それでも、たまにはお灸をすえてやらなければ駄目だ。

そう思いながら俺は仕事をして、頑張った(はず)妻にご褒美にワンホールのチーズケーキを買って、ご機嫌で帰宅した。
妻の好きなケーキでご機嫌を取って食器を片づけた事を誉めてやって、子どもを寝かせたら妻を可愛がってやろう。
そう思ってリビングのドアを開けたのだが、そこに見えた光景に俺は持っていたケーキの箱を落とした。

溢れ返っているゴミ箱。
食器が置かれっ放しのテーブル。
取り込んだままの洗濯物。
朝より酷くなっているシンク。

潔癖症でも無い俺だが、これは酷い。
呆気に取られて莫迦みたく口を開けていると、何時もの定位置、PCデスクも前にいた妻がゆっくりとこちらを向いた。
一喝してやろう、と酸素を吸い込んだ途端

「これはどういう事よ!」

凄い剣幕で俺の許にやって来て、ネクタイを掴み上げた。

「朝起きたら朝食は作って無い!ゴミは纏めてない!シンクの食器は片づけてない!あんたなにやってんのよ!協力してくれるんじゃなかったの!?今日、あの子遠足だったのに!お弁当はない、準備は出来てない、であの子大泣きだったのよ!」

遠足の話とか聞いていなかったし、カレンダーにも何も書かれていない。

「ならお前が作れば良かったんじゃねーか」

「作りたくっても私だって準備があるわよ!遅刻出来る訳ないじゃない!」

何か言い返そうと口を開きたいが、視界に入った息子の寝顔。
泣き過ぎたせいで瞼は腫れあがり、紅く色ついている。
すると、くしゃ・・・、と下の方で音がし、視線をやれば妻が気付かずにケーキの箱を踏んでしまっている。

「あ・・・」

「何?この箱・・・。ケーキ?ちょっと足についたじゃない!どうしてくれんのよ!ったく!ここ片付けといてよね!」

妻はそれだけ言い残し、押し退ける様に風呂場へ向かった。潰された箱を見て流石に悲しくなってくる。

俺と結婚して間違いだった、と後悔しているのだろうか。

俺は妻の為に協力してきたつもりだが、ダメだったのだろうか。

もう、俺達は駄目なのだろうか。

ケーキを片づけながら俺はぼんやりと考えていた。





ーーー
ケーキ事件があってから、余計に妻は口を利かなくなっていった。

帰宅する時間も遅くなり、顔を合わす事も少なくなっていったが、息子の為に朝食を作りは欠かさずやる。
寝顔しか見れない息子がくれる置手紙だけが心の支えになっていた、と言っても過言では無かった。




8月に入り暑さがまし、この時期の外回りは苦行に思えてくる。
今日の訪問先は3軒。
封筒に入っている書類を再度確認していると、3軒目に行く会社ところに入れるはずの書類が足りない。
そろそろ出ないと間に合わないのだが、何処に置いて来たか、と必死に頭を働かせる。
そうだった。
あまりにも酷い出来だったので作り変えよう、と家に持って帰ってしまったのだ。

困った。
前回予定していた日にちをこちらの都合で変えて貰っているので、再度変更、という訳にいかない。

イロイロ考えを巡らせていると、不意に妻が休み、という事を2日前に息子が教えてくれた事を思い出した。
背に腹は代えられない。
仕方なく妻に電話をかけるが、繋がらない。

3分程しつこく鳴らす続けると、寝ぼけた妻の声が聞こえた。

『もしもし?』

「ああ!良かった!あのな、会社の封筒が俺の机の上にあると思うんだよ」

『え?封筒?』

「ある?それ、今から持って来て欲しいんだよ!訪問先に持って行かなきゃならないんだよ」

『・・・っていうか、そんな大事な書類を忘れて行く方が悪いんじゃないの?』

「忘れた俺が悪いけど、仕事のモノなんだよ。頼む、途中の駅まで行くから持って来てくれ!」

『はぁ!?今から?冗談も程々にしてっ、ブツ・・・・』

つーつーと通話が切れた音がし、再度、掛け直すがマナーモードにしているのか、取る気配が無い。
このままでは間に合わない。
仕方なく訪問する1社目と2社目に電話をかけ、午後に変更して貰うと俺は書類を鞄に挟み込んで会社を飛び出した。



玄関の鍵を開け中に入ると、汗の臭いが気になり脱衣所でシャツを着替える。
1杯だけ麦茶を飲もうとリビングのドアを開けると、一瞬で汗が引く様な部屋の温度に驚いた。
そして、ソファーに横たわる妻。
布団をかけて幸せそうに眠っていた。

部屋は片付いていない散らかしっぱなし。
台所の食器も洗わずにそのまんま。

怒鳴って起こしてやろうか、エアコンを消して蒸し風呂状態にしてやろうか。


そうだ、逆らわない様に躾ける事が必要だ。

薄く笑いながら俺は、家を後にした。

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