野兎の塔と夏の庭

 数日をかけて麦畑の端まで巡回し、壁際で折り返して、また数日かけて塔まで戻る。相変わらずの日常。
 変調は、そこで起こった。
 といっても、よからぬ兆しではない。何のことはない、麦畑の反対側にあるトウモロコシの倉庫が、じきに満杯になりそうだということだ。

「ふむ」

 そろそろ、人間に連絡を取る必要があるらしい。ついでに、必要な物を取り寄せようと、ここ数日の巡回を思い返す。だが、入り用の物はそうそう思いつかなかった。機械たちのメンテナンスに必要なものは、彼らが自己生成する部品で事足りている。わたしの衣食住にも、不足はない。

 不足は、ない。
 そのはずだ。
 それなのに、何かが不足している、そんな気がする。

「……?」

 状況と感覚の不一致に、わたしは首を傾げた。

 最近、このようなことがたびたびある。
 ――彼女と出会ってからだ。

 もしかして、わたし自身に変調を来しているのだろうか。だとしたら、一大事だ。なにせ、次のモリビトが生まれるまでには、まだ二十年以上間がある。それまでは、わたしがモリビトとして、ここを見守っていなければならない。
 わたしは、わたしのメンテナンスをしなければならない。

「うーん……」

 どうしたものかと、腕を組んでわたしは唸った。
 先代のモリビトが居た頃は、わたしの面倒も彼が見てくれていた。モリビトがわたし一人になってから、こんなことは初めてだった。

 ふと、人間にメンテナンスを依頼してみようかという案が、頭をよぎる。それは、名案である気がした。だが、すぐに頭を振って打ち消した。

 人間に依頼をしたとして、彼女が来るとは限らない。彼女の仕事は機械たちのメンテナンスで、モリビトのメンテナンスは専門外だろう。

『なに、その程度、寝れば治るさ』

 先代のモリビトの言葉を思い出し、わたしは頷いた。
 そうだ。別に、モリビトとしての役目を果たせない不調ではない。この程度の違和感ならば、きっと、寝て起きれば治っている。


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