僕は月、君は太陽

「古来より女性は月、男性は太陽に例えられるのが一般的なわけだが、」
日食の特集が組まれた科学雑誌を読みながら、竹下みのりは何の前振りもなく話し始めた。
「とすると、僕が月で、君が太陽というわけだ。なかなかどうして、言い得て妙だと思わないか?」
話しかけられた結城雅人は、難しい顔でノートを睨んだまま手を振る。
「ちょ、話しかけんな。気が散る」
邪険に扱われたみのりは、不満も顕わにため息をついた。
「暇なんだよ」
「わかってるけど」
「一緒に帰りたいから待っていてくれと、言ったのは君だろう?」
「その通りだけど!」
「さっきから、僕は暇で仕方ないんだよ」
「それは悪いと思ってるけどさぁ」
繰り返すみのりに、雅人は頭を抱える。放課後の教室に居残り、雅人は数学の課題にいそしんでいた。先週行なわれた小テストの言わば救済措置で、つまりみのりは課題提出の必要がない。
かれこれ一時間以上、放置である。
「まさか、これほどひどいとはね」
「帰りに何か奢るから、もうちょい。もうちょい待って」
言って課題に取り組むが、雅人自身、集中力が限界だった。
「……お前が月で俺が太陽って、何か違くね?」
シャーペンを放り出し、机に突っ伏す。
「お前が月なら、俺はこう、地上っつーか……底辺っつーか」
雅人が会話をしてくれることに機嫌を良くしたのか、みのりはくすくすと笑った。
「言い得て妙と言ったのは、学力の話ではないよ」
「否定してくれるとは思わなかったが、そこまではっきり言うか」
突っ伏したままの雅人に、みのりはますます楽しげに笑う。
「否定する要素が見当たらないだろう?」
「そうだけどさ」
雅人が憮然と顔を上げると、笑顔のみのりと目が合った。
「学力の話ではないよ」
みのりがそう繰り返すので、雅人は無言で手を振って先を促した。

「君は、僕にとっての太陽だという意味だ」

みのりは机に肘をつき、雅人の方へ身を乗り出した。
「僕が月だとするならば。僕が輝けるのは君がいるからだ。君は、僕がいなくても輝けるだろうけど、僕には君が必要だ」
雅人は再び机に突っ伏す。自分でわかるほど、顔が熱い。
「お前、よく平然とそんなことを……」
言いかけて、言葉を止めた。身体を起こし、ため息をつく。言いかけた文句の代わりに、別の言葉を口にする。
「お前がいなくても良いなら、待っててくれなんて言わないだろ」
きょとんとするみのりから視線を逸らすように、机の上の勉強道具を片付ける。課題の提出期限は今週中だ、今日仕上げる必要はない。

「お前に俺が必要だって言うなら、俺にもお前が必要だ。――帰るぞ!」

雅人の言葉に、みのりは一瞬呆けたような、驚いた表情を見せた。直後にはいつものような笑顔を浮かべ、開いていた雑誌を閉じる。
「それは重畳。ところで――」
雑誌をしまった鞄を背負い、にっこりと雅人を振り返る。

「僕は今、とても甘いものが食べたい気分だ」


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