「あ!退だー待ってよー!」


朝。昇降口のところで靴を履き変えていたら聞こえた、妙にハイテンションな女子の声。

あーこの声は間違いなくなまえだ、やだな。
俺って実は低血圧なんだよね…あ、今やっぱり地味だなって思った人は後で覚えておいて。まあ、この話題じゃ特に展開しないから話は戻すけど俺にとって朝からあのテンションは少々きついものがあるわけ。


「教室まで一緒に…あー!ちょっと退ってば!」

「……」


そうじゃなくても今日は朝から母親がお昼作るの忘れてたとか何やらで騒がしかったんだ。ぐったりしている俺には朝からその高いテンションに付き合うのは無理だよ。ごめんね。
と、言う気にさえならずスルーを決め込んでなるべく急ぎ足で教室へ向かうことにする。

がんばれ山崎退。
教室に行くまでの辛抱だ。教室へ行けばターゲットが変わるんだ、あと少し堪えろ山崎退。


「ねえ!退!聞こえてるなら返事くらいしなさいよ!」

「……」

「ちょ、シカトか!ジミーのくせにこの私をシカトすんのかコノヤロー!」

「……」

「シーカートーすーんーなー」

「……」


俺が早足で進めば後ろからなまえも早足で着いてくる。うん、いつもに比べて今日は諦めが悪いようだ。ついてないなあ。
俺はというと、追い付かれないよう一定の距離を取りつつそのスピードを上げていた。

ごめんよなまえ。
別にいじめてるわけじゃないからね。ただ単に朝このしつこい絡みは勘弁してほしいだけであって嫌いなわけじゃないから。まあ今日に限ったことじゃないし分かってくれてると思うけど。


「ね、おねが、待っ、はあっ」


それにしたって何で今日はしつこく着いてくるんだ。
他にZ組の連中が近くに居ないこともあるだろうけど、いつもは俺なんかにこんな構うことってないんだけどな。息まで切らして必死だなあ。



「ねえってば!!!」



ぴたり。
彼女は思い切り叫んだあと突然止まった。流石の俺もここで普段とは違う何かを察し、歩く気配が無くなった後ろを恐る恐る振り向いた。


「え?」

「さがるの…さがるの、ばか」


見れば、俺より数段下で立ち止まって俯いている君。
これはもしかしなくても泣いてる?原因は俺…しか居ないよね。


「どしたのなまえ、ごめんね」

「ひっく…ううっ」

「あ、えっ、と」


やばい。何で泣いたのか分かんないけどこれはやばい。なまえが泣くなんて予想外だ。今日は厄日なのかもしれない。
周りで違うクラスの知らない奴が見てるし変な空気は流れるし。俺は近くに居るもののどうしたらいいかさっぱり分からない。とりあえずなまえの所まで戻って、子供のように泣く彼女の頭をそっと撫でた。


「…退は私のこと嫌い?だから避けるの?」


濡れた瞳でこっちを見上げ、その声はさっきまでの元気なものとは全然別で小さい。

何だろうこれ、ギャップ?
こうやって近くで見るとなまえってこんな身長低いんだ。そんなうるうるした瞳で上目遣いなんてされたらいつものなまえじゃないみたい。なんか女の子らしくて可愛いかも、あれっ。


「退に、1番にね、あげたかったの」

「ん?」

「ちょっと待って」


彼女はそう言うとはみ出したセーターの袖でごしごしと目を擦り、鞄から何かを差し出した。
それは綺麗な包装紙とピンク色のリボンで可愛くラッピングされたアレ。

ああ、今日は2月14日。
世間一般でいうバレンタインデー。

俺はなんて馬鹿なんだろう、よりによってバレンタインデーに女の子を泣かすなんて。


「退、はい!」


普段そんな意識してなかっただけに、女の子らしい一面を見せられてどきどきしてる俺。
そしてさっき泣いたせいで少し鼻を赤くして笑う涙目のなまえ。あ、気のせいか頬も赤いかも。


「ありがとう」


安心したように笑った君をそのまま腕の中へと引き寄せて俺もつられて笑った。


「ちょ、もうみんな見…」

「見せつけとけば良いでしょ」

「え、もう!さがるっ」


真っ赤な顔で怒っても怖くないよなまえ。こんな反応もするんだ面白いなあ。あ、そうそうさっきの返事もしなくちゃね。




「俺がなまえを嫌い?そんなわけないでしょ、好きだよ」



耳元で聞いた彼女がこのあと更に真っ赤になったのは言うまでもない。




決戦!バレンタインデー


恋する女の子は皆この日、乙女になるんです。



皆さまがHappy Valentine'sDayをお過ごしになりますように!

…と思って書いたものを2年後の、しかも全然季節外れに加筆修正っていう

09.0214
11.0317加筆修正





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