今日の仕事が終わって、いつもの電車に乗って、ヒールで痛い足をさすりながらアパートの階段を登る。カン、カン、カン、鍵を出して、ドアを開けて。


「ただいま……」


薄暗い部屋から返事は帰ってこない。ま、そりゃそうなんだけど。帰ってきたら怖い。


「あーっ足痛……」


パンプスを狭い玄関に脱ぎ散らかして、ソファに思いっきり沈み込んだ。

ふう、今日も疲れたな、だいたい仕事多すぎなんだよ小ちゃい会社のくせに。カバンの底から携帯を出して、開こうとして、やめた。連絡が来てなくてがっかりするより、来てるかもしれないと思ってる方が楽だから。

わたしの好きな人は、アメリカに行ってしまった。行ってしまったというか、行ってて、帰って来て、また行ってしまった。

もちろん仕事だし、仕方のない事とわかっている。それに、普段やる気というものが全く見受けられない麓介から「頑張る」なんて言葉が出たのは初めてだったから、応援したいという気持ちは嘘じゃない。

頑張ってほしい、うまくいくといいね。最近はどう?なにか変わった事はあった?
たくさん、たくさん聞きたいことがあるよ。でも、本当に聞きたいことは、


「言えない……」


はー、アメリカか。電話代もメール代も高い。飛行機代なんてもっと高いし、ホテル代が日毎にかかっちゃう。
ちっちゃな会社であくせく働くわたしには時間もお金も無いし、やっぱり当分会えそうにない。

さみしいな、さみしいよ。最近寒くなって来たし、人肌恋しいとはこのことか。まあもともと麓介は、近くにいたってノリ悪いやつだけどね。

麓介は、私がいなくたって、平気なんじゃないかなあ……


「……あ〜〜〜〜」


考えはじめるとキリがない。答えは出ないし、彼はアメリカ。わたしはこのちいさな島国で、うーとかあーとか言いながら暮らしている。

麓介が近くにいてくれなくても、わたしはなんとか毎日生きている。別に一人で生きられないわけじゃない。人間なんてみんな一人だ。そうだそうだ。

静かな部屋で頭の中がぐるぐる回って、なんだか気持ち悪くなって来た。ああそっか今日豆乳しか飲んでない。一人でいるとつい、不摂生してしまう。

麓介がいるときは、あの無駄に豪勢なお弁当を二人でわけたり、お家にお邪魔したり、なんやかんや美味しいもの一緒に食べてたなあ。

いかんいかん、また麓介のこと考えちゃった。
どうもわたしの思考回路は、最終的に麓介のもとへ収束していくらしい。なんなんだもう。


「考えないように、とか」


無理じゃん。無理だよ。くっそ〜〜〜


「会いたい……」


会いたいよ麓介。そのやる気のない顔とか、ほっそい腕とか、色素の薄い髪の毛とか、触りたい。触って、匂いを吸い込んで、抱きしめて体温を分け合いたい。

あれっわたし欲求不満なのかな。いやそんなことないよな、麓介とそーゆーことしたことないし。うん。でもキスはしたいかも。うっわキモいなわたし。

寝ても覚めてもわたしの世界は麓介ばっかりで、本人が遠くに行ってるのに相変わらず麓介ばっかりで、もういい加減辛くなってきた。何が辛いって、麓介の世界はこんなにわたしばっかりじゃないんだろうなってこと。

だいたい麓介に自分から連絡する甲斐性があるとは思えないし、よくわたしと付き合ってくれたなと思うし、アメリカでもどうせモテモテだろうしさ。
近くにいたって自信ないのに、もうわたしなんて木っ端みじんだよ。

「麓介……」


ソファの端っこでうずくまってぐるぐる考えながら情けないことにちょびっと涙ぐんでいたわたしに聞こえてきたのは笑点のテーマで、こんなアホな音楽が鳴るのはあいつからの電話がきたときだけなのであった。



あなたの森でひとりきり



だと思ってたんだけど、どうやらそんなこともないみたい。

title by 神葬
20131018 ゆずこ

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