高校最速≠人類の限界
※青峰は高校入学直後。セナは青峰の一学年上。
※青峰が厨二を通り越してDQN
世界は退屈だ。よくテレビで世界は広いやら上には上がいると言うが、青峰はあまりそれらの類の言葉を信じていない。
季節は春。世間の運動部は五月の大会に向けて新チームの構成やらセットプレイの合わせで奔走しているだろうが自分には関係ない。試合になれば自分が100点取ればそれで勝ちだ。
自分を越えるのは自分の力。そこに他人はいない。今日は休日だが、青峰はいつものように練習をサボっていた。出たところで得るものも成果もないからだ。いつか他人を越えることばかりを夢見ていたころの自分とは大違いだ、そして今日も幼馴染みは自分を部活へ連れていくために走り回っているのだろうと青峰は一人笑った。
「あの……これ落としましたよ」
「あ?」
と、いきなり声をかけられた。振り向けばそこには小柄な少年いた。目測だがその背は黒子よりも小さい。その手には青峰の財布。尻のポケットにいれたのがまずかったか、と無意識でそこのポケットに触れたがコンビニを出た直後には膨らんでいたポケットはすっからかんにしぼんでいた。
「あー……と、悪いな」
「いえ、僕も早くに気付けて良かったです」
少年から財布を受け取り、今度はコンビニの袋に放り込む。これなら袋が裂けでもしない限り財布は消滅しないだろう。
そうして青峰が視線を落としていると、少年がもう片手に紙の束を持っていることに気付いた。なぜか体の後ろに隠している。
「何だそれ」
「え!?え、えーと、チラシ配りのバイトをしているところでそのノルマなんで全然怪しい物じゃないですよ!!」
怪しい。普段、何かしらに声をかけられても全く興味を示さない青峰だが、こういった時だけは何が何でも相手の目的を知りたくなる。
「そうか」
「ええ、ただのチラシです!」
「……隙あり」
「あ!!」
見逃した振りをし、少年が胸を押さえて安堵しているところで素早く束を奪い取った。そして青峰はその手を少年の届かない位置まで天高く掲げて文字を読む。か、返して下さい!と少年が一生懸命跳ねるがこの身長差では取り返せないのが現実だ。
「何だコレ?」
――光速を越えろ!ゲームに勝ったら豪華賞品プレゼント!!君は世界のアイシールド21に勝てるか!!
チラシにはでかでかとそう書かれていた。そのタイトルの下にはアイシールド付きのヘルメットとプロテクターを装着し、こちらに飛び出すように撮られた選手の写真。
これはアメフトか。ルールは全く知らないが、去年の年末あたりや高校の入学式前の時期ににやたらめったらCMが流れていたことは覚えている。チラシを一通り読んだ後、青峰は少年をチラリと見た。
「お前アメフトしてんの?」
「え!あぁ、はい一応……」
選手です……と小さく言って少年は視線をさ迷わせた。体格からてっきりマネージャーかと思っていた青峰は少し驚いた。とはいえ、顔や名前は覚えていないが帝光の三軍にも小さい背でバスケをしたいた者もいたし、黒子という例もいる。雑用係か、と青峰は勝手に結論づけた。
それにしても、とチラシに目を戻す。光速を越えろだの世界だのとは大きく出たものだ、と青峰は存在感を放つその文字に笑った。隅に写る賞品はなんと先日に探し回ったが売り切れていたナイキのプレミアスニーカー。目の前にはチラシの男のチームメイトであろう少年。少年は取り返すのを諦めたのか青峰が束を手放すのを待っているようだ。
丁度良い。
「おい、チビ。このゲームやるからチラシの奴んとこ連れてけ」
「え、もしかして春から泥門生!?」
「違ぇよ。でもゲームには興味あるしスニーカー欲しいからやる」
「これやるのは月曜日の学校の部活見学なんですが……」
もごもごと抵抗する少年に青峰は少し苛つく。そんなの知るかというのが今の心情だ。
「知るか。だったら明日にでも訂正のチラシ配れよ。賞品の写真変更したやつ」
「へ?」
少年の顔がポカンとする。青峰が言った言葉はつまり『自分が勝って賞品をもらう』ということなのだ。
早く連れて行けと催促する青峰に対して少年は困った様子何か考えているようだった。しかし、少しすると考えが決まったのか緊張した面持ちで青峰を見る。
「分かりました」
「おし、じゃあ……」
「ゲーム、やりましょうか」
「はぁ?」
車も人通りも少ないしここでやります、と少年は軽く屈伸する。
何をだ。意味不明な言葉に青峰が眉間に皺を寄せると少年はチラシを指差した。
「このゲームの相手、僕なんです」
青峰の思考が停止する。嘘にしては無理がありすぎではないか。しかし、少年は本気なのかチラシのイメージと違うようですいません、と申し訳なさそうにしていた。嘘吐いているにしても黒子と長く付き合っていた青峰はチビの頑固さというのを知っていたし、勝てばいいのだからと気楽に考えることにした。
「……分かったよ。で、何のゲームすんだ?」
「僕と40ヤード……40m走して先にゴールした方が勝ちです」
青峰からチラシの束をそっと奪い返し、更に青峰に断ってコンビニ袋を受け取った少年は、少し先まで走ってその束と体にかけていた鞄にコンビニ袋をある地点に置いた。そして適当に小石を拾って青峰の元へと戻る。
「この電柱のあるラインからあそこまでを走って競います。この小石が地面に落ちたらスタートします。ルールは分かりました?」
「はいはい。とっととやるぞ」
言い出したのは青峰なのだが、彼は適当に返事をした。
青峰は速い。バスケではもちろん、ただの走(ラン)でも。
その速さは『高校最速』という称号を入学して間もなく周囲に与えられるほどだ。事実、彼は入学最初のスポーツテストでは反復横飛びやシャトルラン、50m走といった種目では野球部や陸上部を差し置いて学年どころか学校トップの座についていた。
二人が並んで位置に着く。いきます、と一声かけて少年は1mほど前に軽く小石を投げる。
さっさと勝って賞品をもらって家に帰り、買った菓子類を食べようと青峰はこの時点で今日の残りの過ごし方に思考を飛ばしていた。
石がアスファルトに触れる。そして、同時に青峰は足を蹴り出した。
「もう一回だ!もう一回勝負しろ!」
「ひ、一人一回だから駄目って何回も言ってるじゃないですか!それでも2回やったんですよ!?」
「うるせぇ!いいからもう一回だ!」
「ええぇぇぇ!?」
結果、青峰はあっさりと負けた。
スタートと同時に何が起きているのか最初青峰は理解できなかった。ただ、目の前に映るのはどんどん遠ざかる背中。そして、数秒後には負けた自分がそこにいた。
もちろん負けず嫌いの青峰がこの結果を認める訳がなかった。違う、今のは油断していたからだ。俺に勝てるのは俺だけ。これは変わらない事実のはずだと。
そんな青峰に気付くことなく、少年がお疲れ様でしたとにこやかに持ち合わせのいくつかの飴を残念賞にと差し出してきたこと青峰は更に苛ついた。
その手を叩き落とし、飴はいらないからもう一度勝負しろと言ったのが先ほど。
二回目の勝負はそれこそ久し振りに本気になってスタートした。だが、5秒も経たない内にそこにあったのはゴールポイントを越える小さな背中を見つめる自分だった。そして、心に生まれていたのは高揚感。
『光速を越えろ』。チラシの意味をやっと青峰は理解する。同時にこのチビは一体何者なんだと。青峰が悔しげに少年を睨むと、少年はビクリと体を退いた。
「ちくしょう、お前何だよ」
「な、なんだって何がですか?」
「どこの誰だって訊いてんだよ」
で、泥門高校二年の小早川瀬那といいます、と早口で言い切った少年の名前を青峰は頭に刻む。人を覚えようとしたのなどいつ振りだろうか。
「ってあんた年上!?」
「えぇ!?じゃあ君は年下!?」
互いに指をさす。そうして少し見つめ合って固まっていると不思議とおかしくなり青峰は吹き出した。対するセナも青峰ほど爆笑してはいないが声を押さえて笑っていた。ひとしきり笑った後に青峰は負けてからずっと気になっていたことを訊く。
「なあ、あんたさ、そんだけ速かったら敵無しなんじゃねぇの?」
強さ故の孤独。もしかしたらセナも知っているのではないか。青峰は負けてからそれがずっと頭の片隅にあった。しかし、セナは苦笑してあっさりと言い放った。
「まさか。都内や関西のチームに同じ速さで僕よりパワーのある人だっているし、アメリカの選手では何回もやってやっと一回抜くことができた人もいますよ。そもそもアメフトは脚が速いだけで勝てるスポーツじゃないですし」
世間は狭いけど世界は広いんですから、とセナは言う。
世界は広い。上には上がいる。青峰が否定し続けていた言葉。でも、それは今日覆された。ただの40m走とはいえ青峰は小早川瀬那という人間に負けたのだ。自分が最速だと自負していた『速さ』という純粋な身体能力において。
「世界は、広いのか」
「ええ、とっても」
みんながみんな同じ能力じゃないからこそスポーツはどうなるか分からないんです。
その言葉には今までの経験からにじみ出るものがあり青峰は否定することができなかった。
体は小さい癖に説得力だけは大きい野郎だ、と青峰は生意気ながらもその言葉を認めた。
「忙しいのに長く引き止めて悪かったな。チラシ配り頑張れよ。あと、月曜日誰かに負けたら許さねぇ」
「え、えぇ!許さないって……。でも頑張ります」
ありがとうございました。じゃあ、とセナは走り出す。だんだんと背中が遠くなり、その影は住宅街に消えて行った。
拾い上げたコンビニ袋には買った覚えのない飴が数個入っていた。お節介野郎め、と青峰は愚痴る。そして、一緒にある一枚だけもらったあのチラシ。
光速の脚。アイシールド21。小早川瀬那。
最速の癖に敗北を知る。その存在と彼の言葉は青峰にちょっとした変化を与えた。
青峰はおもむろに携帯を取り出し電話をかける。電話の繋がる先はあの幼馴染みだ。少しコール音の後、文句と共に場所を問う言葉が青峰の耳に飛び込んだ。
「きゃんきゃんうるせぇなぁ。今日二部だったよな?午後練何時からだ。あぁ?何だよ。行っちゃいけねぇのかよ」
バスケにおいてはまだ自分に勝てるのは自分だけだ。たが、それが破られるのは遠い未来ではないのかもしれない。散り散りになったキセキの世代に中学時代よりも力を伸ばしたであろう2、3年生達。
俺を越えてみやがれ。正面から叩き潰してやる。そして、いつかあの男にまた会った時には一泡吹かせてみせよう。
そんなことを考えながら青峰は部活の準備をしに機嫌良く自宅へと足を進めた。
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キルシェ様へ
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