十三話 | ナノ

拾参

※イゾウやワノ国について酷い捏造あり

これは本当に人なのだろうか。部屋に踏み入れた瞬間にイッスンは固まった。同様にアマテラス口を半開きにしている。ずっと一緒に旅を続けていると物事に対する反応も似てくるらしい。

「おれの息子達が世話になったそうだな」

ぐびりと酒を飲み鼻から管を出した巨人が言った。外で見た男達もナカツクニでは大男の分類に入るがこれは規格が違う。もしかしてオイナ族や龍神族またはコロポックルである自分のように特殊な一族なのかもしれない。だとすれば、さしずめこの男は大入道かダイダラボッチの一族というところか。

「喧嘩を売られたから買ったってだけなんだがよォ。まァ、元々の原因はこの毛むくじゃらの質の悪ィ悪戯のせいだからなァ。……すまねェことをした」

いきなりのあちらからの攻撃で頭に血が昇っていたためイッスンもアマテラスを焚き付けたが、元はといえばアマテラスの起こした気まぐれが原因なのだ。非はこちらにある。
イッスンはアマテラスの頭から降りて頭を下げる。イッスンがそうするとアマテラスも姿勢正しくお座りして鼻を鳴らして彼女なりの反省の意を伝えた。大岩のような大きさの椅子に腰をかけたまま大入道の男は見定めるようにこちらを見ていた。

「お互い様ってことか。素直な態度は嫌いじゃねぇが、大事な息子を二人もやられてるからな。家族に何かがあったとなっちゃぁおれも黙ってはいられねぇ」

「それは……」

男の言葉にイッスンも黙ってしまう。昔の彼ならとっくに逆ギレして相手を煽っていただろうが長い旅を経て世を学んだイッスンの心は成熟していた。天道太子たる者、心が未熟であれば正しく大神の活躍を記録し広めることは出来ない。 どうするか。上手く交渉が進まなければここがどこなのかを知る前にこの船の乗員達との戦闘になってしまう。イッスンは悩んだ。

「が、その前に訊きてぇことがある」

おめぇ達は何者だ。
話題を変えて男が切り出せば、男を含め15人の視線が更に鋭くなる。その気迫にイッスンは手に汗を握った。あてられたアマテラスが唸り出すがアマテラスの前にイッスンが立ち塞がり制止する。端から見れば、小さな虫が犬を従えているように見え奇妙だろう。

「オイラはコロポックルで旅絵師のイッスン。この毛むくじゃら……狼はアマテラス。正真正銘の大神様だィ」

「大神だと?あの天照大神(あまてらすおおみかみ)のことを言っているのか?」

「イゾウ、知ってるのか」

アマテラスの名前を聞いた途端に着物の男、イゾウが不愉快そうな顔をした。どうやら何か心辺りがあるようだ。大男が訊けば彼はその顔のまま語り出した。

「おれの生まれ故郷……ワノ国の守り神さね。おれは特別信仰してるわけでもねぇが故郷のことを騙られたとなっちゃちょいと不愉快だ」

イゾウがそう吐き捨てこちらを睨む。神であることを言っても信じてもらえないのはよくあることのためそこまでイッスンは気にしなかった。ただ、『ワノ国』という言葉が引っ掛かる。

「着物の兄ちゃん待ちなァ。大神アマテラスはナカツクニの神様だろォ?オイラ達は神州平原から来たんだぜェ?」

「はぁ?何言ってんだおめぇ」

神州平原なんざ土地は聞いたこともねぇ、とイゾウはあっさり言った。神州平原を知らない?あのヤマタノオロチという大妖怪で辺境のカムイにまでもその地名を轟かせているあの神州平原を。

「し、知らねェって、あのヤマタノオロチやイザナギ神話で有名な神木村がある神州平原をォ!?」

「知らねぇものは知らねぇ。大体ヤマタノオロチはイズモ、イザナギはヒュウガの話じゃねぇのかい?」

「い、いずもとひゅうが?」

どういうことだ。自分達が現在いる場所がナカツクニに関する場所でないことは海賊船の話や乗組員の顔つきや体格から何となく予想はしていた。だが、ナカツクニがワノ国という別の名前になったりヤマタノオロチやイザナギ神話が別の土地の言い伝えになっているとは思うはずがない。
可能性に賭けてイッスンはどんどん話す。

「大風車と赤カブトで有名なクサナギ村はァ!?」

否。

「両島原!関所を過ぎて浜を渡れば女王ヒミコが治めていた都がある!宝の帝も有名だァ!」

これも否。更にはヒミコは数百年前の歴史上の人物だという答え。

「カムイは!?雪で覆われた北国で半人半獣のオイナ族がいる!ほれ、ラヲチ湖に箱舟ヤマトのある!」

気付けば自分達が旅で回った場所を全てイゾウに訊いていた。しかし聞いたことがないという厳しい答えに加え、返ってくるのはこちらが知らぬ別の地名。
イッスンは旅を通して実際に見聞きしたり、書物といったものから土地や風習、妖怪などについては誰にも追随を許さないほど見聞を広めている。それこそ物事の歴史はもちろん、昔の呼び名から現代の呼び名、またはそこに至った経緯すらも。
ここはどこなのだ。最悪、ナカツクニに帰れない可能性が浮かび上がってくる。自分はまだいい。天道太子という役を持つためアマテラスへの信仰を広めるという点では問題が起きるが、これには代わりがいる。常闇ノ皇の一件で人々の心には大神という守り神がいるということも既に広まってある。
だが、アマテラスがナカツクニから消滅するのはまずい。彼女は国の守り神だ。自然を愛し、その命を存在することで育む。守り神のいない国は滅びる。いくら人が繁栄し、自然が保たれようと内から支える存在がいなければそれはただの張りぼてだ。

「どうすりゃいいんだ……」

とうとうイッスンは項垂れた。見知らぬ場所。消えたナカツクニ。最悪の未来。それらがひたすらイッスンを押し潰さんばかりにぐるぐると頭の中を回る。

「……ここはグランドラインの数ある海域の一つだ。おれ達は二日前に夏島を出た」

大男が唐突に話し出した。
心当たりは?とこちらをじっと見つめる。その目は真剣だ。

分からない。『ぐらんどらいん』とやらも初めて聞いたと正直に言えば、周りがざわついた。何かあるのだろうか。

「てめぇらは海賊でも海軍でもましてや人ですらねぇ。そしておれ達が知らねぇ島から来た。合ってるな?」

「……何が言いてェんだ大入道のおっさん」

イッスンは訝しげに男を見た。男は顎を撫で、何かを考えているようだ。

「息子達が言うにはおめぇらは海を走って渡っていたそうだな。最後に出た島はどこだ?」

「神州平原にある人魚泉を通って高宮平っちゅう場所に行こうとした。海からは程遠い場所だィ」

「さっき竹が有名ってぇ言っていたところか」

「あァ」

今度は目を瞑って男は考え出した。どういう意味だ?と周りの男達も顔を向き合わせる。この説明からだと、イッスン達は海と無縁な場所にいたにも関わらずいつの間にか海にいたということになるのだ。明らかに発見時との状況が矛盾している。
最後の質問だ、と男が言った。

「ゴールド・ロジャー、ワンピース、大海賊時代、悪魔の実。聞いたことのある言葉は?」

「…………悪ィがどれも初めて聞く言葉だィ」

ざわつきが大きくなる。嘘だろ、と誰かが言うがイッスンにとっては事実なのだからしょうがない。何人かが哀れむような視線に変わり、それが大変勘に障ったがイッスンは知らんぷりをした。

「グランドラインは何でもありっつうのはよくよく知っていたつもりだが…………」

肘をついたまま掌で顔を覆って大男が話し出せば、落ち着かない空気は鳴りを潜める。男の中でどうやら何かしらの結論が出たらしい。掌の隙間から覗いて見えるその表情は呆れを浮かばせていた。

「世界までねじ曲げちまうたぁ、流石のおれもたまげたもんだ」

なあ、チビスケ?そう男言って男は掌を顔から外し、こちらを見た。男が言いたいことを今までの発言から繋ぎ合わせてイッスンは一生懸命理解しようとする。
世界までねじ曲げる。つまり、その言葉が意味するのは。

「オイラ達は時空を越えちまったのか…………」

呆然とするイッスンに状況を分かっていないアマテラスが心配した様子で鼻を鳴らしてすり寄って来たが最悪が現実となった今、少しの慰めにしかならなかった。

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130116

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