十二話 | ナノ

拾弐

「人がこれから話し合いって時によォ!めんどくせェことやってくれんじゃねェかこのデガラシ!!」

モビーディック号のマストの一本を切断したと思われる犬に怒鳴るのは真っ赤に光る小さな虫。サッチ達の視線はそのやり取りに釘付けだ。

「あァん!?何でィその目はよォ!!大体おめェはよォ、老若男女問わずに出会えば墨濡れに体当たり、人ん家の屋根には一閃、挙げ句の果てには動物にまで筆しらべをする始末……。迷惑って言葉を知らねェのか!!いい加減にしろってんだィ!!!!」

踏み潰せば死んでしまうだろう存在であるはずなのに気迫は凄まじいものだ。相対する犬がしょんぼりとした様子で鼻を小さく鳴らせば、オイラの言うことが間違ってるかァ!?えェ、おい!!と喋る虫は更にビカビカと光る。

「おれ最近こんな光景見た気が……」

一人の隊員が呟いた。おれも、おれもだ、おれもどっかで見たと沢山の者が同意する。サッチもその一人である。妙なデジャブ。見たのは最近、いや、頻繁に目にする光景だ。

「あ、思い出した。マルコ隊長とエースだ」

それだ!!!!と対象の二匹とイゾウ以外の全員が声を上げて答えを出した隊員に向き指をさす。そうだ、マルコだ。怒らせれば最後、根拠に基づいた理論責めで反論のしようのない状況で相手を叩きのめす。主な犠牲者は仕事をサボタージュしたエースである。
何だか犬が可哀想になってきた。こちらは隊長二人に大事な船のマストをやられたが、この光景を見続けていると何か込み上げてくるものがある。とうとう隊員の一人がもう見てらんねぇと泣き出した。おい、コイツは船を破壊した野郎だぞ。

「神木村の沢山の桜を満開にした時だって……」

「あー……、虫の兄ちゃん。ちょっと良いかい?」

「あん?」

とうとう見兼ねたイゾウが止めに入った。このままではオヤジのもとへ連れて行く前に日が暮れる。コイツらをぶちのめすのはオヤジの話が終わってマストを直させてからでも良いだろう。

「オヤジを待たせてる。説教はそれが終わってからにしてくれ」

「ん、おォ!そうだったなァ!わりィな着物の兄ちゃん!ホレ、アマ公。とっとと柱ァ直しやがれ!」

待たせてるつってんだろ!と心中イライラしていたら、ビシャリと何かが濡れる音。音に振り向けばたった今切断されたはずのマストが天高くそびえ立っていた。

「うっそぉ……」

サッチは思わず目を擦る。謎の黒い液体濡れに大豪雨、そして原因と思われる水の上を歩く犬。自分達は水関係の能力者だと考えていた。先ほどのマストの切断はウォーターカッターの要領で超高速の水が横薙ぎに射たれたとでも思えば説明がつく。だが水をどう応用しようが物を直すという理屈はない。

「やればできんじゃねェか!で、兄ちゃん。どこに行きゃいいんだィ?」

「お、おう……。こっちだ」

呆気に取られて意識をマストに飛ばしていたイゾウがハッとして取り繕いオヤジの部屋へ案内する。
小さな虫が跳ねて犬の足元から頭へ乗れば犬は歩いてイゾウについて行った。

「……マストの近くにいた野郎で直った瞬間を見た奴はいるか?」

サッチが訊けば何人かが手を挙げる。何が起こった?と続けて訊けば彼らは渋い顔をする。

「それが……、分かんねぇんだよ」

落ちたマストが浮いて繋がったわけでも、切断面からにょきにょきとマストが生えたわけでもないと言う。パッと直ったマストがあり、落ちたマストが消えていた。ただそれだけ。

「魔法使いかよ」

サッチがそうツッコめば、大穴狙いで神様とかだったり……と一人が言う。もしそうだったらあの犬にお供えして天界に帰れとでも祈ってやるよ、とあり得ない可能性を頭から振り払ってサッチもイゾウ達が目指す部屋に足を向けた。

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130113

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