十一話 | ナノ


拾壱

これは凄い。親船の真下まで来たところでイッスンは言葉を失った。戦闘前に船全体を見た際もなかなか大きな船だと思ったが、実際ここまで来て見れば、神木村、いや、神州平原すらもが丸々入ってしまうのではないかというほど巨大な船体をしていた。あの箱舟ヤマトまるで小舟だ。

「漁船にしちゃァ、デカすぎる気もするけどよォ……。なァ、着物の兄ちゃん。こりゃあ何人の人が乗ってやがんだァ?」

イッスンが訊けば、着物の男は溜め息を吐く。先まであれほど殺気を浴びせていかにも話しかけるなという体(てい)を貫いていたにも関わらず、気安く話しかける己に呆れているのだろう。

「1600人だ。おめぇらはまさかおれ達が白ひげ海賊団って知らずに喧嘩を売っていたのか?」

「せせせせせんろっぴゃくゥ!!!?というかおめェら海賊だったのかァ!!?」

まるで海の上の集落ではないか。そして、何よりも一緒に出た単語は更にイッスンを驚かせた。
海賊。ナカツクニにはいないが、異国の海で猛威を振るう海の盗賊という話を風の噂で聞いたことがある。戦った二人の男達や船から睨みつけてくる男達も今意識してみればナカツクニでは見ないとても特徴的な顔をしている。唯一、着物の男だけは綺麗な馴染みのある顔だ。
この事実にイッスンの頭にはある可能性がよぎった。

「訊きたいことは山ほどあるがまずは船に上がるぞ。梯子で乗船するから生憎犬のお前さんは誰かに抱えて貰うことになるんだがいいかい?」

そう訊いてくる着物の男にイッスンは一度考えを中断する。彼らの親玉が話が通じそうな奴ならばそこで訊こうと。

「ちょっと待ってくれねェか?アマ公、コノハナは見えっかァ?」

船を見上げて問うイッスンにアマテラスは元気に一つ吠えた。どうやら態々手を煩わせるような世話をかけずに済みそうだ。桃コノハナを『視る』ことが出来ない彼らはイッスン達のやり取りに怪訝な顔をする。

「着物の兄ちゃん、親切は気持ちだけいただくぜェ」

ありがとさん!とイッスンが言えば、次に浮遊感が体を包んだ。
蔦巻。花三神がひとつである蔦ノ花神の力だ。船縁に降り立ち下を見下ろせば、男達のポカンとした表情が目に入る。彼らから見れば、ただの真っ白い犬がいきなり背中から蔦を生やして飛び上がるのだ。一般人からは怪奇現象にしか見えない。
紅隅や神器が見えるほど彼らにアマテラスへ対する信仰心があればなかなか見栄えがいいのだが、明らかに彼女をただの犬扱いしている時点で無理な注文だろう。

「着物の兄ちゃん、早く上がってこねェとこの毛むくじゃらが勝手に船ん中ァかけずり回っちまう」

イッスンがアマテラスの足元に降り立ち忠告すれば、男達はハッとして急いで乗船する準備を始める。それを眺めるイッスンの後ろでアマテラスは厚みのある船縁から甲板に降り、昼寝を始めた。射殺さんばかりの視線が集中する中、相変わらず彼女の頭の中は走る、食う、寝るの三拍子だ。

「おいおいおいおい、マジで犬なのかよ」

そうして男達が上がってくるのを待っていると、後ろから声がかかった。それに振り向けば、目に入るのは奇抜な頭。とうもろこしを横にして突き刺したような髪型に、イッスンは目が釘付けになる。対する男は、ん?と不思議そうな顔をした。

「お前さんがお迎えかい。他の隊長達は?」

「オヤジの部屋だ。にしても、本当にマルコとエースはこの犬にやられたのか?」

とうもろこし頭の男がアマテラスを覗き込む。今まで怒りをあらわにする者達ばかりを見ていたため、その飄々とした様子は新鮮だ。目は笑っていないが。
いつの間にか船に上がった着物の男がピクリと動き、こちらにきつい視線をくれながら話す。

「サッチはオヤジの元へ帰っていたから見てねぇだろうが二人がかり闘って見事にやられた。今ドクターのところへ運ばせているさ」

着物の男の答えにそうかと頷き、ある扉へと視線を移した。正面から見ていたとうもろこしが横を向く。どうしても気になるイッスンはアマテラスに語りかけた。

「なァ、アマ……」

尻尾が。
イッスンに背を向けるアマテラスの尻尾が怪しい動きをしていた。
まさか、と思いとうもろこし頭の男に視線を戻せば変わらず出っ張るその髪。そしてこちらはそれから目を離さないアマテラス。

「今すぐしゃがみやがれェッ!!!!」

イッスンの怒鳴り声に驚いた男達は一斉に身を屈めた。
同時に鋭い光の帯が彼らの頭上を走って斬撃音が響き、大木のような帆柱(ほばしら)が真っ二つになる。

「テメェ!!やりやがったな!!」

海賊達の怒号が辺りを埋め尽くす。
こればかりは流石のイッスンも頭を抱えた。


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130111

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