九話 | ナノ


9th game

黒子と別れた後、もうすぐ練習が始まるからマネージャーとしていつでも何かしらに対応できるよう、小さめの荷物を持っておこうという話しになり、その荷物のために一度二人は観客席へと戻った。

「なあ、何持ってく?」

空っぽの肩掛けミニバッグを広げてモン太が訊く。しかし、セナも訊かれたところで簡単には答えられなかった。本来は選手であり、ここまで踏み込んだマネージャー業は初めてなのだ。無理もない話だった。 そんなセナは必死にまもりの持ち歩いていた物を思い出しながら、最低限の物をバッグに整頓していく。

「まもり姉ちゃんの真似だけど、ひとまず絆創膏とタオル、予備のコールドにアイスバッグと筆記用具を入れて見たよ。あとティッシュも」

「まもりさんの真似か!だったら間違いねぇな!じゃ、俺はテーピング一式とハサミにすっか」

結果的に私物の救急セットを二人で分け合って持つ形になった訳だが、ここでまもりという単語からセナは大事なことを思い出した。

「あ!そういやまもり姉ちゃんクッキーいっぱい貰ったから、お昼に誠凛の人達にもあげようと思って持って来たんだ」

「何ぃ!?俺には!!!?」

「もちろんあるよ」

はい、とエナメルバッグから昨晩母と小分けにラッピングしたクッキーの一つをモン太に渡す。こんなことまでやったのにも関わらず、今日の朝には臨時マネージャーの件を忘れて寝こけていたというのも変な話だ。
受け取った途端にモン太はテンションMAX!!と叫びながらライオンキングの冒頭の様にそのクッキーの入った袋を頭上へ掲げた。まもりに恋する彼にとって相当嬉しいアイテムなのだろう。

「ムッキィー!今すぐ食いてぇけどもう練習だからな……。昼まで我慢か畜生!」

泣く泣くクッキーをミニバッグにおさめるモン太を見て、セナも自分の分は持っておこうかと思い再びエナメルバッグからクッキーを一つ取り出しミニバッグへ詰める。そして、広げた他の物を片付けていると選手集合のホイッスルが鳴り響き、急いで体育コートへと降りた。



「あんなことできる人この世いるんだ……」

「俺はドリブルすら怪しいのに」

ドリブルからノーコンなんだ、うるせぇキャッチで誰にも負けねぇから良いんだよ、とやりとりする二人の視線の先にはバスケットゴール。
一時間のアップは、3on2の速攻を最後に次の練習試合に備え10分間の休憩をとっていた。アップ時のシュートやフットワーク練習の時点では全国トップ選手が集まっているだけあって、まるでテレビゲームの様にどんどんシュートを決め、素早く動く皆に感心したものだが、対人練習から様子がおかしくなった。

最初は、火神・黒子を含む三人。火神の驚異的な跳躍力と豪快なダンクシュートは知っていたが、そこに至る過程が目を疑う光景だった。
まず、黒子が消えた。あれ?と思った時には何もない所でボールが曲がり、ポジションをとった火神の手へ。最後には火神が切り返しを組み合わせた素早いドリブルで相手を抜き去りダンクシュートを叩き込んだ。

何が起こった理解する前に選手は入れ替わる。

二人目は黄瀬だ。有名タレントということもあり、その麗しい見た目はどうしても目につく。黄瀬と同じタレントにあった桜庭は『タレント』として誇張された自身の能力に苦悩していた時期があったが、彼は違うようだった。
自信に溢れた表情で火神と全く同じ動きをし、相手を抜き去ったのだ。
コートから下がった直後、火神が「お前にコピーされたら何かむかつく」と黄瀬本人に愚痴をこぼしていた様子から恐らく動きをトレースできるタイプなんだろう。

もし、阿含や進が黄瀬の様な特殊性を持っていたらどうなるかだなんてIFは考えたくない。

三人目は、朝に体育館入り口で迷惑をかけてしまった緑髪の人物。彼は、前の三人のように激しく動くなんてことはなかった。ハーフラインでボールを受け取ったらそのままシュートを打ち、見事にゴールして淡々とコートから下がったのだ。

「真ちゃん俺達いた意味なくね!?」

「一度くらい鬱憤を晴らさせるのだよ!」

イライラの原因が恐らく自分達にあることを考えると本当に申し訳ない気持ちになった。

最後のあり得ないと言いたくなるプレーを見せたのは、見たことも話したことのない人だった。青い髪と浅黒い肌の彼は、組んだメンバーとひとつアイコンタクトをすると動き出す。

僕と同じだ。

その速さを見た瞬間、進やパンサーと対峙したときの高揚感がセナの中に生まれた。
だが、彼は速さだけではなかった。メンバーからパスを受け取り切り込む彼に、ディフェンスを担当する選手も負けていられないと、ゴール真下のエンドラインまで彼を追い込んだ。
追い込まれた彼は、楽しそうに、恐らく、「甘ぇな」と口を動かすと、ボールはゴール裏からきれいにループしてネットをくぐった。

そんな、プロ顔負けであろうプレーや連携を近くで延々と見せられるのだ。目も疑いたくなる。特に目を見張るのが上の五人であるというだけであり、他の選手達の練度もとても高い。

たくさん頑張ったんだろう。

セナは思う。自分の力を伸ばし、スキルにするためにしたであろう努力は計り知れない。
そんな彼らを見ていたら、自分ももっと努力しなければと固く手を握った。

壁に体を預けてそんなことを考えて、セナは一つ息を吐く。目に入るのは練習試合に備えて話し合う各校の選手達。

「最初の二試合はモップやってくれるらしいからキーパーの水足して来いよ。タイマー俺がやるからさ」

「うん、ありがとう。終わったらすぐ手伝うよ」

この一時間であっという間に減った空っぽのキーパーを持ち上げ、セナは体育館を出た。

早く二日たたないかな、と無性にアメフトがしたくなった。

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130104

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