5th secret
どうして。一番に火神が思ったのはそれだった。
「何でボク達がここにいるんだって顔してますね」
黒子が口を開く。教室の入り口に立つ黒子と日向の顔はこちらからはよく見えない。
「お前を探したからに決まってんだろうが。このダアホ」
じゃねぇ、といつもの口癖に言葉を付け足して日向が続いた。
火神くん、と黒子が一歩教室に踏み入る。いつもは穏やかで心地良い声が今は恐怖にしか感じない。
「来んな!!」
火神が必死に拒絶するが、黒子は足を止めない。
「来んなよ!!」
拒絶の言葉を吐く度に、校舎を駆け抜けていた時と同じ痛みが火神の心を襲った。黒子はいくら火神に拒まれようと距離を詰める。日向は腕を組んで佇(たたず)んだままだ。
遠くから、今度は複数の足音がどんどんここに近付いて来るのが分かった。
「頼むから……、来ないでくれ………」
とうとう火神は前を見れなくなってうつ向いた。
傍らには自分の机。視線の先には火神と黒子の足がある。
「…………来るなと言うのなら、」
どうしてキミは逃げないんですか?
もう、諦めたから。
心で呟き、視界に入る黒子の足を見つめる。足音はもうしなかった。聞こえるのは、息を切らした沢山の呼吸音。
それに構わず黒子は続ける。
なら、どうしてキミはさっき逃げたんですか?
みんなの『あの顔』を見たくなかったから。あのクラスメイトと同じ本心を隠して、自分を異端に見る笑顔を。
一向に口を開かない火神の姿を見つめたまま、黒子は最後の質問を投げかけ。火神くん、ともう一度彼の名前を呼んで。
「なんで、キミはそんな泣きそうな顔をしてるんですか?」
心の壁が決壊する音がした。
「おれは、おれは……、」
もっとみんなといたい。
はなれたくない、ととても小さな声で言葉にした火神は、まるで何かを恐れる子どもの様に見えた。
すると、今まで沈黙を守っていた日向が声を荒げた。
「そんなん俺達だって同じだバカ野郎!!」
部室での出来事の火神に負けない程の剣幕で日向が吼える。そしてズンズンと早足で火神の元へ向かった。
「火神、フリがお前に怒鳴られた時、俺がお前に手を叩かれた時、まず何て考えたと思う?」
「………………すげぇ嫌な気持ちになったと思う、です……」
「ああ、そうだよ。確かにショックだった。嫌な気持ちにもなった」
やっぱり駄目だった。俺は何に期待したんだろう。どこかの青春漫画の友情みたいな仲直り?馬鹿馬鹿しい。夢の見すぎだ。
日向の答えに火神はどんどん自分を追い込む。これ以上は聞きたくない、とうつ向いたまま強く目を瞑った。
しかし、そこから話の内容は火神の予想したものとは違うものとなった。
「けどな、お前を嫌いになるとかじゃねぇ。俺も、フリも、お前に嫌われたんじゃねぇかって一番に思った」
「お前首吊る寸前だったもんなー」
はははと笑う木吉にうるせぇ!と怒鳴る日向の声。 え、と火神の想像していた内容と違う答えに驚き思わず顔を上げてしまう。
そこには、皆がいた。
「フリなんか今にも死にそうな顔して大泣き寸前なんだぜ?」
「『どうしよう!俺絶対火神に嫌われた!』ってな」
「おま、余計なこと……!」
「フリなんか可愛い方だよ」
「………………」
「俺と伊月は凶器監視係で水戸部達は自殺防止係やらされたんだもんなー!水戸部は日向のことよりも、ずっと火神のこと心配だったてさ!」
「バスケ以外で人をマークする機会が来るなんてな。しかも自殺阻止」
「伊月黙……てあれ!?以外と真面目!!?」
「俺も流石に時と場合の分別はある」」
頭の中が混乱する。なんで?どうして?俺は酷いことしたのに。自分は何の説明もなく降旗を怒鳴り、日向を拒絶した。なのに。
「火神くん、何できみがそんなことをしたのかはまだ私達は知らない。でもね、これだけは確実」
私達にとってきみはどうしようもないくらい大好きで、大切で、かけがえのない仲間なのよ。
リコの言葉にずっと我慢していた気持ちが溢れ出す。
俺、一人で勝手に突っ走って馬鹿だな、なんて火神が思った時には視界全部が涙の膜で歪んでいた。
「ごめんなさ……」
「謝んな!お前は悪いことはしてねぇ!!」
でも、と火神が日向を見るとああもう泣くなよ!とどこから取り出したのかスポーツタオルで火神の顔をゴシゴシと拭く。少しの汗と洗剤、そして日向の香りがした。
そんな二人の様子を見ながら黒子が口を開く。
「火神くん、人に何かしてもらった時に言葉の返し方には二通りあるんです。分かりますか?」
急な黒子の質問に火神は虚をつかれる。
「一つは『すいません』や『ごめんなさい』。これは世話になった、迷惑をかけた、といった謙虚な気持ちを表す素敵な言葉ですね。でも、やっぱり少し後ろ向きなんです。では、もうひとつは何でしょう?」
もうひとつの言葉。
「…………ありがとう?」
「そうです。例えば、物を拾ってもらった時や助けてもらった時。キミはよく『悪いな』なんて言いますが、それを『ありがとう』って言ってみるんです。それだけでなんだか前向きになるでしょう?」
火神の泣き腫らした顔を拭く日向の隣に立つ黒子はとても優しく微笑んでいた。
「では火神くん。今、キャプテンは火神くんの顔を拭いてくれました。何と言うべきでしょう?」
再びの黒子の問いに、自分がどのような状況か気付いた。
「あ、キャプテンすんませ、……じゃなくて、」
ありがとう、ございます。
あんなに痛かった胸の痛みとぽっかり空いた穴は、いつの間にかなくなっていた。
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121224
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