4th secret
教室の扉をガラリと開ける。誰もいない暗い教室だ。
夜の教室といえば恐怖の象徴である筈なのに、窓から入る満月の淡い光が神秘的で不思議と荒れきっていた心が少し落ち着いた。
等間隔で整頓された机に綺麗な黒板。明日の朝になれば今日の出来事など誰も知ることなくいつもの賑やかな教室に変わるのだろう。
いや、黒子達との関係は変わるか。
ひたすら走っている間にいつの間にか握り潰し、しわくちゃになったポイントカードを見つめて火神は自嘲した。そして、そのまま自分の席へとゆっくりと足を進める。
椅子を引いて席に着くと、ひんやりとした感触が気持ち良い。その感覚を少し堪能した後、机の奥に手を入れてある物を取り出した。
白と黒の模様をした丸い缶ケースだった。その蓋には、ビーズで描いたバスケットボールと赤色の『SEIRIN』の文字。
蓋を開けると、缶ケースと同じ色合いの14本のミサンガが綺麗に束ねられていた。火神はそれを一本手に取る。
いつか渡せられればいいな、なんて考えていた自分が気持ち悪い。
何でよりにもよってこんなことが好きなんだろう。俺は男だろうが。ありえねぇよ。自分で自分を責め、どんどん壁を打ち立てる。
初めて作ったのはフェルトに刺繍糸でお祝いの言葉を綴った布製のバースデーカードだった。
親父にプレゼントすると、ありがとう、嬉しい。大我は手先が器用だね。女の子よりすごいや、なんて褒められ頭を撫でられた。
そこからはどんどんのめり込み、派生されて格好良いものよりも可愛いものに目が向くようになった。
その頃は自分の趣味が男としておかしいだなんて意識はなく、自覚したのは小学六年生の時のことだ。
筆箱に付けた当時力作であった虎を模したビーズの立体キーホルダー。良いもの持ってるじゃん!どこで買ったの?と聞いてきたクラスメイトに、自分で作った!本で見たら可愛くてさ。良いだろ!と自慢した。
その直後のそいつの顔が忘れられない。……え、そ、そうなんだ。すげぇな、なんて言葉では褒めながらも引き吊った笑顔。それを見たその時の自分は、どうしたんだろう?ぐらいにしか考えなかった。
別の日、教室へ忘れ物を取りに向かうと際教室にはそいつと複数の友人達がいた。
――なぁ、知ってるか?大我ってさ男の癖にキーホルダー作って可愛いとか言ってるんだぜ!
――何それきっめぇ!オカマじゃん!
――だろ!?でもアイツ良い奴だしさぁ、本人に言うのは可哀想じゃん?
――まぁ、本人に聞かれなかったら別に良いんじゃね?
無邪気に笑う友人たちのいる教室に入ることはできず、そのまま走って帰り布団の中でずっと泣いたことは今も憶えている。
その後、陰では何か言われていたんだろうが虐めなんてのも起こることもなく、表面上は仲良くしてそのまま卒業し、中学校は別々になった。
そんなことがあったのにも関わらず、好きなことである以上可愛いものや綺麗なものに手を出すことは止められなかった。だが、火神の中ではただ一つだけ、『絶対バレては駄目』というルールが追加された。
あの時のそいつの表情や友人達の会話を自然とバスケ部の皆で変換してしまう。
ポタリ、と一粒涙が落ちると、そこからはもう我慢できなかった。
みんなに嫌われたくない、もっと一緒にバスケがしたい。
この二つの想いだけが火神の心を埋め尽くす。
「こんな奴ですいません」
心に作り上げた壁に押し潰されそうになりながら、火神以外の存在しない教室で大好きな先輩、相棒、同級生達に謝った。
自分の世界に浸っていたからなのか、入った時に閉めた筈の扉が開き、そこに人がいるだなんて気付かなった。
「キミは馬鹿ですか」
「まったくだこのダアホ」
最高の馬鹿野郎達が壁を嬉々として壊しにやって来た。
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121224
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