漆
火と水がぶつかり蒸発する音をたてるとともに、辺り一面が水蒸気で真っ白になる。マルコはその光景を上空から冷めた様子で眺めた。
「やれって言うから遠慮なくやったけどよ、取っ捕まえなくて良かったのか?」
海上からテンガロンハットを押さえたエースが尋ねる。そのもう一方の腕は大きく前に突き出されていた。
火拳。
エースが良く使う攻撃手段の一つだ。リーチ、威力共に強大であるため使う場所は限られるが繰り出せば最後、勝負は決まる。
「それなりの使い手の水系統の能力者だから死んではいねぇだろい。浮かべるみてぇだしな。先に叩き潰さねぇとこっちがやられる」
「能力者で海で浮いてられるとかズリィなぁ」
海楼石は別として、海に嫌われる悪魔の実の能力者にとって海中に投げ出されるということは死を意味する。普段は泳ぎが得意なクルーが助けてくれるが、今回は我を忘れて突っ走ってしまったためこの場には能力者であるエースと自分しかいない。
まだまだ遠いが、リーゼントのひょうきん者を乗せている移動艇が少しずつ近付いて来ているのを視界の隅おさめ、己の未熟さを反省した。
「これが晴れたらあの犬を捕まえて船に連れていくよい」
「りょうかーい」
不敵な笑みで了承の意を返すエースに入った頃とは大違いだな、とマルコが成長を感じていると、霞の奥からその音は響いた。
それは、水溜まりの上を歩くような水音。
マジ反則だな、とエースが悪態を吐き、その体を再び燃え上がらせて腰を低く落とし利き腕を後方へ引く。
徐々に晴れていく霞を睨み付けると、ボンヤリと件の犬の影が見えた。
「先手、必勝ぉ!!」
火拳!とエースが叫ぶと同時に初撃よりも巨大な炎の波が前方へ唸りを上げる。マルコも、もしもの場合に備えて援護できる位置へその体を旋回させていると、予想だにしない衝撃が二人を迎え撃った。
突風。タイミングが悪すぎるそれは霞の影の手前で炎を全て吹き飛ばす。エースは海へ投げ出されない為に、マルコは体を持っていかれない為にそれぞれ耐えるが、いかんせん風が強い。この状況で攻撃されると致命的な状況になりかねない。
マルコがそう焦っていると、暴風は唐突に心地好いとすら感じるそよ風に変わった。
そして、霞も晴れる。
「無傷かよい……」
「こりゃ、あの海賊よりもよっぽど闘り甲斐があるぜ。なぁ、マルコ?」
目の前には純白の犬。その体には汚れ一つ見当たらず、獣は唸り声を上げて姿勢を低くした。
あちらもその気か、とマルコとエースも自身の体に覇気を纏わせる。ロギア系の能力者であることが考えられる以上これは必要だ。
「来いよ、ワンコロ!元はテメェが売った喧嘩だ!!買ってやる!!」
エースが声を上げて挑発すると、それに呼応して獣も大きく一つ吠える。
鳴き声と同時に、コッチのセリフだィ!と先ほどやり取りした声が聴こえた。
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130103
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