伍
大豪雨はそれほど長くは続かず、雨によって船や彼らを汚していた黒い液体も綺麗サッパリ何事もなかったかのように全て落ちた。
それはいい。だが、サッチにはどうしても腑に落ちないことがあった。
あれほどの大量の黒い液体が流れたことで海が汚れない訳がないのにも関わらず、目の前の海面は混じりけ一つない青い色を太陽の光を反射させて揺らめいていた。本当に『何も残らなかった』のだ。
得体の知れない何かが自分達を襲っている。これだけはこの場にいる誰もが自覚していることだった。
不可思議な現象の正体を考えていると、クルーの一人がポツリと呟いた。
「サッチ隊長……、ありゃどうなってんスかね……」
耳に入ったクルーの声に振り向くと、そこには綺麗な船があった。先ほどまでは今まさに沈まんとしていた敵船が戦いなど嘘であったかのように元通りになって。
「大丈夫だ。おれもお前と同じことを思った」
「隊長、それ答えになってねぇっス」
ははは、と乾いた笑いが響く中で敵クルーも我に返り、よく分からないが今がチャンスとばかりに直った大砲へ砲弾を装填した。
「くらえ白ひげ共ぉぉ!!」
異変に気付いたエースが体を濡らす雨水を蒸発させて炎をかざし、撃ってみろよと言わんばかりに睨みつける。しかし、その殺気に負けじと彼は泣き、震えながらも死んだ仲間達の為に残り一発の大砲を撃った。
ぽん、と戦場に可愛らしい音が響き渡る。
え、と撃った彼や海に浮かび直った船に上がろうする彼の仲間達や迎え討たんとしたエース、マルコ、移動艇のクルー、居合わせた全員が呆然とした。
まるで、手品ステッキのように射出口からそれは見事に咲き誇っていた。
砲身から飛び出したのは砲弾ではなく、それは見事な可愛らしい花だった。
「咲き方はともかく、まあ、何とも見事な花だねぇ」
感嘆とした様子でイゾウが感想を述べた。
あまりの予測できない事態に大砲を撃ったあの敵クルーの彼は腰を抜かして気絶していた。エースとマルコの本気の殺気を真正面から受けたのだ。無理もない話だった。
「それどころじゃねぇだろうがよい」
自分達の置かれている状況が分かっているのか?と苛ついた様子でイゾウを少し睨んだ後、クルーに指示を出し、急いで船に戻ろうとする敵クルーの一人を縛り上げて移動艇に上げる。修復された敵船も包囲し、逃げることも不可能な状態にあった。
「おい」
移動艇に降り立ち、縛り上げた敵船員に詰め寄る。
彼はすっかり意気消沈し、何もかも諦めた様子でマルコを見上げた。
「さっきの奇っ怪な攻撃はテメェらの仲間の仕業かよい」
答えろ。胸ぐらを掴みあげて殺気を飛ばす。先ほどの現象が彼らの仕業ならば恐らくその人間は十中八九能力者だろう。それも能力者の天敵である水に関係した。
しかし、マルコの予想とは異なる答えを彼は返した。
「違ぇ……。おれ達の仲間にはあんな能力を持った野郎いねぇよ。理由は知らねぇがキャプテンは悪魔の実が大嫌いだからな」
つっても今頃海の底だろうからその理由の知りようもねぇけどよ、と彼は皮肉る。先の戦いで彼らの心の支えは既に折られていた。
マルコが手を離すと、ドサリと彼は崩れ落ちた。一番に疑いの声をあげるだろうと思われたエースも彼の様子から真実であることを読み取ったのか黙ったままだった。
ならば誰が?その場が沈黙に包まれる。しかし、その沈黙は見張りの叫び声に打ち破られた。
「マルコ隊長!6時の方向から何か来てます!!」
ザワリとクルー達が騒がしくなり、臨戦態勢に入る。
あの現象は敵船の仕業はではなかった。そして、このタイミングでの見張りの報告。
そいつが犯人か。マルコは顔を険しくして、直ぐ様鳥に変身するとその方角へ飛び立つ。エースも「待てよマルコ!おれにもやらせろ!」とストライカーで彼の後を追った。
「海軍と海賊どっちだ!!」
置いてきぼりをくらったサッチが見張りに叫ぶと、耳を疑う答えが返ってきた。
「速すぎてよく見えねぇんですがおれの目がおかしくなけりゃありゃ犬です!!!!」
「はあ!?」
「白い犬が水の上を走ってるんですよ!!!!」
おれ医者に診てもらった方がいいですかね!?と彼はヤケクソ気味に叫ぶ。どうやら彼自身も信じられない光景に混乱しているようだ。
ひとまずオヤジに報告か、とガリガリと頭を掻いているとマルコとエースが向かった方角から巨大な火柱が上がった。
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121224
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