弐
海上で睨み合うのは二隻。どちらも商船などという穏やかなものではなく、船の頂上ではジョリーロジャーが風を受けてたなびいていた。海賊船だ。
一方の海賊船ではまるで強大な敵に相対したかのように張り詰めたものだったが、もう一方の鯨をモチーフにした船は少しだけ和気藹々(あいあい)とした空気だった。それでも、その可愛らしい見た目の船とは裏腹に本質は油断も隙もないものだが。
「なぁ、マルコォ。まだ行ったら駄目なのか?」
白い鯨の帆船、モビーディック号の船縁(ふなべり)に座るテンガロンハットの男は、子どものようにソワソワしながら口を開いた。
「あっちからは今のとこ宣戦布告もなにもねぇからな。悪気がねぇかもしれねぇのにいきなりぶちのめす訳にはいかねぇだろうがよい」
マルコと呼ばれた頭頂部の金髪の髪が特徴的な男がたしなめる。
しかし、その答えに納得がいかないといった様子でテンガロンハットの男は頬を膨らました。
「悪気がねぇかも、ってありゃ殺る気満々だぜ?」
「それでもだよい」
「全くウチの一番隊隊長様はクソ真面目だなー。なぁ、エース?」
「よぉ、サッチも来たか!」
仕込みが終わったからな、と答えるコック服にリーゼントの男サッチは、エースの隣まで歩いてくるとその体を船縁に預けた。飄々とした様子ながらも視線は未だに仕掛けて来ない海賊船に向けられている。
「あんな何をしたいのかよく分かんねぇのが一番面倒だ」
「一発攻撃してくれりゃさっさと海の藻屑にしてやるんだがねい」
「ははは!マルコこえー」
笑うエースとサッチをうるせぇ、と彼は冷たくあしらう。マルコだって本当は今すぐにでも突貫したいという気持ちがある。しかし、あちらが攻撃してこない以上こちらから喧嘩を売る訳にはいかない。
白ひげ海賊団においてこちらから喧嘩を売ってもよい条件はオヤジである白ひげや、家族を侮辱する行為であり今の様な状況は相手の出方を窺うしかない。
もし、相手の最初の一発でどうしようもない状況に陥ったら?というリスクが常につきまとうのだ。
一番隊隊長という家族をまとめる立場にある以上勝手な判断は許されないが、マルコの考えは『やられる前にやれ』というものに大きく傾いていた。それでも、敬愛する白ひげの教えに背くのはもっての他なのである。
「お、奴(やっこ)さん来るかな?」
サッチが双眼鏡で覗き見ると、こちらに向けて砲身の角度の調節や砲弾の準備をしている様子が見える。同時に頭上から見張りの戦闘準備を促す声が響いた。
「よっしゃあ!最近暇だったからな!暴れるか!」
エースが関節を鳴らすと感情の昂りに合わせるかのようにユラリ、と体から炎が立ち上った。
メラメラの実。悪魔の実シリーズの中では強力な力を持つ自然(ロギア)系のひとつだ。
その体は炎そのものとなり、普通の攻撃は何一つ意味を為さない。そんなエースの横からは青い鳥が飛び立った。
「暴れるのは別にかまわねぇが隊員達を巻き込むんじゃねぇよい」
マルコである。まるで不死鳥のようだった。実際、彼はエースと同じく悪魔の実の一つである動物(ゾオン)系幻獣種モデル"不死鳥"(フェニックス)の能力を持ち、その実力は不死鳥の名に負けていない。
そして、相手の船からの砲撃をエースが焼き落とすとともに戦いの幕が上がった。
「結構しぶてぇな」
「おれは好きだけどなー!最後まで男の誇りを見せてるって感じでよ!」
煩わしそうに舌打ちをするマルコと対象に戦いを楽しむエース。サッチは敵船内のキッチンに良い食材がないか散策中だ。
殴り、蹴り、時に焼く。赤と青の二色の炎が駆け巡る景色は幻想的であるが、彼らと敵対する者からすれば地獄絵図という言葉が相応しい。
「エース隊長!そろそろ沈みます!」
「だとよマルコ!そろそろ戻るか!?」
エースの問いにマルコは空へ飛ぶという形で返事をした。
「口で言わねぇと分かんねぇよ!」とマルコに文句を垂れながらエースも海上へ待機させているストライカーへ乗り込み発進させる。サッチや隊員といった特殊な方法で移動出来ない者達は貝(ダイアル)を応用した移動艇に乗り込んだ。
爆発音や煙、木材を砕く音を響かせて船が崩壊していく。
彼らはもう助からない。戦い既に死んだ者達も、まだ生きている者達もこれから待っていることは海に還ることだけだ。
奪った以上、見届ける義務がある。安い命なんてありはしない。
偉大なる船長からの教えを胸に抱えて、白ひげ海賊団のクルー達は背を向けることなく崩れゆく船と残された敵船の船員達を見つめる。
海にいるばずなのにどこからか獣の遠吠えが聞こえた気がした。
そして、ビシャリと音がすると海と空以外のそこにあるもの全てが黒く染まった。
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121224
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