4th game
コートの準備も終え、あとは各校の準備を待つだけである。
火神は、日程表を片手に辺りを見回すリコへ声をかけた。
「カントク、そろそろ練習か、ですか?」
「そうね。でもまだ小早川くんとモン太くんが来てないのよ。一応留守電にはギリギリになるって連絡入れてくれてるんだけどね」
「小早川くん達が来るんですか?」
「ええ、お手伝い頼んだのよ」
リコの答えに反応し、一緒に話しに入ってきた黒子へリコが詳細を説明すると、火神がみるみる表情を輝かせて質問した。
「じゃあ、時間があればあの1on1ができるってことか!」
初めてセナ達と会った時に成り行きで行った対決。ゾーンに入った火神すら寄せ付けない例の『幽霊ステップ』の感覚は今も覚えている。本来は『デビルバットゴースト』という名前があるのだが、それを知らない誠凛の間ではそう呼ばれていた。
目的は違うものの、黄瀬同様にリベンジに燃える火神の頭に軽く板(ばん)が振り下ろされた。
「でっ!」
「こんだけ強豪が集まった場でそんな時間あるわけないでしょ。試合と合わせだらけで忙しいからこっちもお手伝い頼んだんだから」
「確かにそうですね」
リコの厳しい物言いとそれに同意した黒子の発言に火神はガックリと肩を落とす。
しかし、微笑みながらリコは続けた。
「でも、昼休みとか解散後に時間があって尚且つ火神くんと小早川くんのコンディションが悪くなかったら許可してあげるわ」
「本当かですか!」
火神はともかく、セナがいないこの場でとんとんと話が進んで行く様子に黒子はデジャブを覚えた。
ああ、あの時と同じパターンですね。どんまいです、小早川くん。とセナに同情するが、ノリノリの二人を止める術は黒子は持っていない。
そして、始まるまで各自でストレッチをするように言い渡された火神が笑顔で黒子を呼び掛けるのに返事を返し、彼らは準備を始めた。
そうして指示に従って火神と黒子がストレッチをしていると、こちらに近付く人物に気が付いた。
「よう、火神にテツ」
浅黒い肌と青い髪で遠目からでも青峰であることを理解した彼らも挨拶を返す。すると、青峰はそのまま火神達の隣に座り、ストレッチに参加しだした。
「お前と試合すんのは大会以来だな。ゼッテー負けねぇ」
「火神ぃ、調子乗んなよ?今回からは『俺達』が勝つに決まってんだろ」
笑い声混じりで下剋上をする青峰の言葉に自身の口許が少し上がるのを黒子は感じた。
『俺達』。以前彼なら『俺』と間違いなく言うだろう。
そんな細かい言い方まで気にする黒子ではないが、唯我独尊というのが常だった青峰から考えると無意識でそのような言葉が出るのは大きな進歩だ。桃井からの日々の報告でも彼の飛び抜けたプレイは相変わらずだが、それはワンマンなものではなく、チームの士気を上げ、連携し、皆を引っ張って行くような雰囲気を持ち出したらしい。
喜ばしい青峰の変化に浸る黒子の心情に気付くことなく、青峰と火神はお互いに言葉を交わしていた。
「そういやよぉ、さっき黄瀬に会ったんだけどお前も会ったか?」
「お、やっと海常も来たんだな。会ってねぇけど何かあったのか?」
首を傾(かし)げる火神に青峰は思い出すように視線を宙にさ迷わせる。
「いや、なんか『青峰っち!ジェット小僧がいたんスよ!』って訳の分かんねぇこと言われた」
「なんだそりゃ?」
「その黄瀬くんはどうしたんですか?」
「去年の三年の人に頭にぶん殴られて引き摺られて行った」
馬鹿だよなーあいつ、だなんて笑う青峰に「お前も負けてないだろ」と付け足した火神に青峰が切れる。黒子からすれば、黄瀬も青峰も火神も全員馬鹿の部類に入るのだが口にするだなんて自殺行為はしない。
それよりも黒子は黄瀬の言う『ジェット小僧』なる存在が引っ掛かった。ここに来てからの皆との会話から手がかりを探すがなかなかピンとこない。
黒子が無表情でウンウンと唸っていると、今度は騒がしい会話が体育館の入口から聞こえた。
「ほら、真ちゃん。水も滴る良い男って言うじゃん!あっちも悪気無いんだし謝ってたじゃんかー」
「そうだとしてもあの距離で俺に当たる意味が分からないのだよ!今日のラッキーアイテムは部活ジャージ!それをこうして着ていたのにも関わらずだぞ!?奴は俺の敵だ!」
「まあまあ、相手は中学生なんだし、結果的にジャージが練習着守ってくれたじゃん。ほら」
「ぬぅ……!」
頭にタオルをかけ、不機嫌なオーラを撒き散らす緑間に給水キーパーとスクイズボトルを持ってふらつく高尾が体育館に入ってきた。
次いで先ほど青峰が遭遇したという黄瀬達海常が集団でやって来る。
「なんで緑間の奴頭が濡れてんだ?」
「さあ?占いで頭を濡らせば運気アップとか言ってたんじゃねぇ?」
「いや、だったらあんなキレてないだろ。やっぱお前馬鹿だな。馬鹿峰」
「あんだとコラ!!テメェだって馬鹿神だろうが!『馬鹿の神』とか馬鹿のトップじゃねぇかバーカ、バーカ!」
「Die and go to the hell!!(死んで地獄に落ちろ)」
「何言ってるか分かんねぇよ!日本語喋れや!」
「黒子っち火神っち青峰っちー!!!!」
とうとう掴み合いの小学生のような喧嘩をしだした二人に黄色い影が突進した。突然の事態が熱冷ましになったのか吹き飛ばされた火神と青峰が再び取っ組み合いになるのは避けられたものの、今度は急に突っ込んで来た黄瀬に言葉の矛先が向かう。
「痛ぇよ!お前は犬か!!」
「なっ!?青峰っち酷いッス!」
青峰の言葉に対してショックを受けた様子の黄瀬だったが、少しフリーズすると何度か頭を振って今はかまわないから話を聞いてくれと言わんばかりに話し出した。
「聞いてくれッス!俺とうとう都市伝説に遭遇したんスよ!」
「青峰くんから聞きました。『ジェット小僧』ですよね。その後先輩に殴られて引き摺られて行ったとか。周囲が心配してくれる内が華ですよ」
「青峰っち以上に辛辣ッス、黒子っち!」
ひどい!と、顔を両手で隠して昔の少女漫画の主人公の様に泣き出した黄瀬。
その様子に流石に可哀想に思ったのか、火神が「大丈夫か?」と声をかけたが、黄瀬が伸ばされた火神の手をとり、涙声混じりに彼の名を呼ぶと「うわ」、と声を上げて手を引き剥がした。
黄瀬にとっては本当の事を言っているのに先輩に何度も殴られ、青峰と黒子に辛辣な言葉を投げ掛けられ、唯一優しさを見せてくれた火神には結局手を振り払われたりと踏んだり蹴ったりである。
最早彼の心は誠凛へのリベンジよりも『ジェット小僧』への恨みで一杯だ。しかし悲しいかな、恨み事を吐く暇すらなく監督の声が新たに耳に入り黄瀬はそちらに向かわざる得なかった。
「練習では覚えてろッス!」
まるで正義のヒーローの敵の親玉の様な捨て台詞を吐いて、黄瀬はチームメイトの元へと駆けて行った。
「あいつ泣いたり走ったり忙しい奴だな」
「黄瀬くんはそれが普通です」
「あいつは中学のころからあんなんだ」
「お前らカントクはストレッチをしろと言ったのであって、仲良く遊べだなんて一言も言ってねぇぞ」
見かねた日向が注意をすると三人は返事と反省の言葉を一言返し、ストレッチを再開した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
121224
← back →