3rd game
体育館には誠凛、秀徳、桐皇といった都内の学校が揃っていた。海常や陽泉、洛山といった県外チームは距離の都合上ギリギリの時間や少し遅れての参加になってしまう。そのため、ライン貼りやスコアボード、ベンチといった全体の準備から水分やテーピングなど各校ごとの準備をそれぞれが分担し、協力して行っていた。
「さっさとしろ高尾。準備が遅いと開始時間が遅れる」
「だったら、スクイズを、何本か、持ってくれるっつう、優しさは、真ちゃんには、無いわけ?」
右手に巨大な給水キーパーを持ち、空いた左手にはスクイズボトルが収められたカゴを持つ高尾は息を絶やしながらその切れ長の目で視線と共に訴える。
高尾のペースに合わせて歩く緑間は、テーピングが施されたその指先で眼鏡のブリッジを上げて淡々と答えた。
「俺はコップ係なのだよ」
「いや、そんなドヤ顔で言われても……」
彼の右手には洗われたコップが片付けられているカゴがあった。
去年の春からに比べると、手伝う姿勢が見られるだけでも緑間は劇的に変わったことを実感するが、それでも高尾にとって理不尽な場面は多々ある。
そもそもキーパーとスクイズを高尾が持たなければならない時点でおかしい。
確かにリヤカーでの送り迎えを通して無意識の内に奴隷姿勢が染み着いてしまった高尾だが、この状態はあんまりだ。
ちくしょう、俺はパワータイプじゃねぇのに。普通このサイズのキーパーは二人で持つだろ。真ちゃんに誠凛の奴らぐらいの素直さと優しさを100分の1でもいいから分けてくれ。だなんて高尾は心中愚痴りながら、流し場から体育館玄関への道のりをフラフラと水の重さに重心を持っていかれながら歩いていると、慌ただしい足音が遠くから聞こえてきた。
「間に合ったぁ!モン太!9時まであと5分だよ!」
「ギリギリMAX!つうかセナ!お前俺だけ置いて行く気で走ってただろ!?」
「ご、ごめん……。いっぱいいっぱいになっちゃって……」
自分達を影が二つ慌ただしく抜いていく。全く記憶に無い声と後ろ姿に高尾と緑間は疑問に思ったが、その小さな体躯にああ、中学生かと納得する。
大会以外でキセキの世代にウィンターカップ優勝校が集まって練習するとなれば、彼らのプレーに憧れる者達は見学したい気持ちに駆られるだろう。
高尾がボンヤリと彼らを眺めていると、緑間の焦った声が耳に入った。
「高尾!!」
「あ……」
空中に舞うのは何本かのスクイズボトル。それを目にして高尾は自分が躓(つまず)いたことを自覚した。
ボトルの予想外の飛距離に漫画かよ、と思わず内心ツッコむが、飛んだボトルの先にあの中学生二人が驚いた様子で立ち尽くしていることへの焦りが大きかった。
「危ねぇ!!」
そう叫んだあとは崩れて前のめりになった体を立て直す為に反射的に目が足下へ向く。バスケで培った持ち前の身体能力で難なく踏み止(とど)まり、急いで二人の姿を確認した。
「び、びっくりしたー……」
「大丈夫?お水はこぼしてない?」
「あったり前だろ!……にしてもいいスクイズだなーコレ」
まじまじと秀徳のスクイズボトルを眺める絆創膏を鼻に貼った少年は、空中を舞った5本のボトルを手で掴んだり、脇に挟むなどして全てキャッチしていた。隣で緑間が「あれを全部捕るのか」と息を呑んで呟いた言葉が聞こえた。
「わ、悪い。助かった」
「どうってことねぇよ!コレ、あんた達のか?」
絆創膏の少年の問いに高尾がそうであることを答えると、「次は躓かないよう気を付けろよ」と年下の癖にふてぶてしいながらも嫌味を含まない笑顔でこちらにボトルの一本を投げて寄越そうとした。
何故か途端に青い顔をしたもう一人の少年に止められることなく、ボトルは彼の手から放たれる。
そして、そのボトルは有り得ない進路を取って緑間の頭部に直撃した挙げ句、さっきはあれほどの勢いで飛んでもこぼさなかったドリンクを緑間をずぶ濡れにするという形でぶちまけたのであった。
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121224
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