五話 | ナノ


5th game

 浴びせられる視線に自然と背筋が伸びる。目の前には周りから『カントク』という不思議なあだ名で呼ばれているマネージャーらしき人物。正直、試合やアメフト関係以外で背の高い男達に囲まれている状況は入学直後に当時不良であった十文字達にパシリを命令された時が以来かもしれない。 いや、巨深ポセイドンへの偵察以来か。そして、リコの隣にはセナとの関係を説明してくれている黒子がいた。

 いきなりの黒子の登場に驚いてモン太と悲鳴を上げたものの、唯一の面識がある黒子へ火神の学生証について説明した。誤解も無事解け、後は火神に学生証を渡して帰るだけだと引き返そうとしたところ、カントクなる人物から待ったの声がかかったのだ。曰く、黒子とどんな関係なのか、何か部活をしているのかと。話している彼女の目はセナやモン太の顔ではなく、二人の体を上から下まで穴が空くほど見つめてくるため、自分達が何かしたのだろうかと不安なり、一言訊くが、答えは気にしないで、とあっさり返される。そうして冒頭に至るのだ。

「ふぅん、朝にあそこの店で会ったねぇ……。あなた達どこの学校? 校内で見かけたことないし、誠凛じゃあないわよね」
「こんな小せぇし春からの新入生なんじゃねぇ、ですか?」

 相変わらずセナ達の体をじい、と見つめるリコの目。そして、火神の一言。新入生ということは自分達はそんなに幼く見えるのか。火神の言葉にショックを受けつつその疑問に答えようとしたところを隣の男が遮った。
 そう、あの彼が最後の一言に反応しない訳がなかったのだ。

「ムッキャー!! 俺らは泥門高校の一年で春からは二年生だっつの! チビだからって舐めんなよノッポ!」
「あんだと!?」

 火神に噛みつき、今にも飛びかからんばかりのモン太だ。対する火神も熱くなったモン太に触発されたのか言葉が荒くなる。モン太のことだから暴力沙汰にはならないと思われるが、止めなければ、とセナも焦る。

「火神、今のはお前の言い方が悪い。大体お前は学生証拾ってもらってんだから礼を言う立場だろうが!」
「う……。だ、だって……、あだっ!」
「だっても明後日もねぇ!」
「う……。おい、さっきの言葉だけどよ、その、悪ぃ……」

 モン太と火神の衝突がエスカレートする前に、眼鏡の男性がこのダアホ! と頭上にある火神の頭を一発叩いた。火神の柄が良いとは言えない迫力のある見た目や言動から、食い下がるのかと思いきやまるで怒られた犬の様にシュンとし、火神は素直に謝った。セナとモン太は謝罪を受け入れるがその謝らせるという行為に戸惑う。つい先日引退した『地獄の司令塔』もとい、『悪魔の策士』である蛭魔妖一こと『ヒル魔』が泥門を率いていたころにはまず見られなかった光景であったからだ。
 『アメフトはビビらせた方の勝ち』と説くヒル魔の周りでは、こちらから挑発は当たり前、売られた喧嘩や舐められきった態度は倍返しどころか地獄に叩き込む勢いで返し、最悪彼の奴隷として馬車馬の如くこき使われる羽目になるのだ。
 賊学との練習試合での中指を突き立てたアイシールド21の垂れ幕に太陽スフィンクス戦での笠松への挑発の度を越えた罵詈雑言、NASAエイリアンズへの名誉毀損で訴えられかねないビデオレター、その他諸々数えきれない行為の数々。今思い返すと、自分達のチームリーダーがいかに非常識な人物だったのか改めて自覚する。しかし、そこに最終的に慣れていったセナ達も異常であることの意識はない。そんな環境を過ごしてきたセナ達にとって、日向の対応と火神のこの受け入れは拍手を送りたくなるものだった。この場合は日向の様な人間が普通であり、ヒル魔が常識の枠から外れ過ぎているだけなのだが。

「うちの奴が悪いな。……っと、俺は日向。主将を務めている。学生証だけど、わざわざありがとな」
「あ、いえ、それほどのことじゃないので! えと、小早川瀬那といいます。こっちはチームメイトのモン太です」

 ヒル魔の異常性についてつらつらと考えている内に日向に声をかけられ自己紹介となる。ここでセナは初めて日向に意識を向けることになった。

「……あれ?」
「ん? 俺の顔に何かついてるか?」
 
 日向とは初対面な筈であるのだが、セナはどこかでこの顔を見かけた気がしたのだ。

「あの、いきなりすいませんがどこかでお会いしたことありますか?」
「いや、俺は記憶にねぇけど……」

 セナの問いに日向は不思議そうな顔をするばかりだ。

「大会会場で見かけたとかじゃないのか?」

 茶髪の長身の男性が可能性を提示する。しかし、その内容はアメフト部であるセナにとってそれは有り得ない。
 本当に気のせいだろうか。だが、確かにこの顔をどこかで見たのだ。そうしてうんうんとセナが唸っていると、間にリコの声が割って入った。

「さっき、日向くんと話してるのを聞いた形で申し訳ないけど……。小早川くん、で合ってる?私は相田リコっていうの。マネージャーと監督を務めてるわ。よろしくね。あのお店で月バス読んでたらしいけどバスケ部してるの?」
「えと、はい。それで合っています。こちらこそよろしくお願いします。お店であの人にも言ったんですが、雑誌は……あっ!」

 雑誌の表紙の人か!
 思い出された記憶に大きな声をあげ、先ほどのモン太の様に日向を思わず指さした。指を指された日向は俺?、と驚いている。雑誌の記憶から少なくとも日向、いや、誠凛はあの雑誌の特集に関係があるということになる。確か特集のテーマは今年の注目チームとウィンターカップという大会の優勝校のことであった筈だ。ということは。

「あの、相田さん……?」
「うん?小早川くんどうしたの?」

 恐る恐る挙手し、セナはリコに訊ねた。誠凛高校はもしかしてウィンターカップという大会に何か関係があるか、と。質問されたリコはキョトンとした後、当時のことを思い出したのか、ええ、今年は連覇を目指してるの、と嬉しそうに微笑んで答えた。

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121224

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