夜島と可笑しな吸血鬼:prologu
ロンドンの惨劇で多くの仲間が死に、有能すぎる執事は裏切り、最強の吸血鬼は虚空に消えた。しかし、それでも王立国教騎士団、通称ヘルシング機関は決戦に勝利し、以降、生き残った仲間と新たな仲間、主人、ドラキュリーナで変わらぬ日々を送った。
そして、ロンドンの復興も進んだある日のことだ。
「歴史小説……ですか?」
「ああ、久々に読みたくなったんだが書庫にしまってあるようでな。私は昼間はこの通り手が外せない。雑用になるが探してくれ」
デスクに向かい、多くの書類を処理する長髪の女性が顔を上げる。女性にしては低めの声に射抜くような眼光。現局長であるインテグラは目の前に相対するドラキュリーナにメモを差し出した。
「イ、Yes, ma'am! でも、インテグラ様も小説を読まれるのですね。もっと難しいものを読まれるイメージがありました」
警官服に身を包む年若い女性が慌てた様子で敬礼し、インテグラのメモを受け取る。何やら気の抜けた新人警官にしか見えないが、通称『婦警』ことセラス・ヴィクトリアはヘルシングにおいて現在、アーカードに代わる最強の対化物兵器だ。
とはいえ、消えたにも関わらず「マスターは帰ってくる」と明言するセラスは、そこらへんの化物に負ける気はしないものの、最強の称号を受け継ぐつもりは更々なかった。というより、受け継いだところで相も変わらず基の性格は『おっかなびっくりの臆病者』であるセラス自身、アーカードに届く気がしなかった。
「大人になって、子どもの頃に読んだ絵本を読みたくなるだろう? それと同じだ。では頼んだぞ」
「は、はい!」
書類に目を戻したインテグラに再度敬礼し、セラスは部屋を出て真っ直ぐ書庫に向かう。渡されたメモを覗けば、そこには1冊の書物の名前が記されていた。
聞いたことのない名前だ。興味がない訳ではないが、活字を追うことより映像を見る方が好きなセラスはメモを見て単純にそう思った。血に潜む半身が、嬢ちゃんはもっと本を読んだ方が良いかもしれねぇな、とからかうように笑った。
書庫にたどり着き、扉を開けば書物の整理以外で長いこと使われていないのか、インクと紙、埃の匂いが混じった古本独特の薫りが部屋全体を包んでいた。
「電気は……と、あれ? 電球切れてる」
部屋に入ってすぐに電気を点けるが、どうやら寿命が尽きているらしい。整理時の換気用にある一つだけの窓は書物の日焼けを防ぐためにカーテンが閉め切られており、扉からの光しか入り込まない部屋はとても薄暗い。
夜目が利いて良かったな、と複雑なフォローをされる。
そうですね、とっても良く視えます、だからベルナドットさんも早く探して下さい。血の半身もとい恋人であるベルナドットの二度目のからかいをあしらい、セラスは部屋に大きく影を広げた。
「ひとつなぎ、ひとつなぎ……」
『嬢ちゃん、見つけたぞ 』
本のタイトルを呟き、目の前に並ぶ書物を一つずつ確認していると、部屋の奥にいるベルナドットからテレパシーがきた。返事を返し、早足でベルナドットのもとへ向かう。
「ベルナドットさん、ナイスです」
『ハハ、お礼は熱いキスで良いぜ』
さらりとセクハラを仕掛けるベルナドットをセラスもさらりと流し、目的の本を手に取る。メモに記入されていないサブタイトルが付いているが、インテグラから渡されたメモと同じタイトルが表紙には刻まれていた。
――ひとつなぎの財宝伝説 GRANDLINE HISTORY
『フィクションにしちゃあ、壮大な名前だな』
ベルナドットの呟きに頷き、同意する。タイトルから推察するに、確かに歴史系の内容なのではあろう。しかし、冒険といったファンタジー要素も感じさせる。これをインテグラが読むとなれば流石のセラスも気になったのか本を開き、パラパラ漫画のように軽くページを弾いた。すると、あるページから一枚の古い紙が落ち、床を滑った。
「おっとっと……何だろうコレ」
慌てて紙を追う。隙間に入り込むといった厄介なことにはならず、ただ床に落ちたその紙には一見何も書かれていなかった。栞代わりか何かに使ったのだろうか。念のために拾って本の端にでも挟んでおこう、と思い立ったセラスは手を伸ばした。
そして、紙が床に向けていた片面を確認した時、セラスの視界が白く染まった。
「あれ、書庫のドアが開いてる。すいませーん、誰かいますかあ?」
かなり大きな声で使用人の一人である男が書庫内に声をかけるが、返事は返ってこない上に人の気配はない。人騒がせな、と男は一つ文句をこぼして扉を閉めた。光がほとんど閉ざされた室内でカーテン越しの淡く、僅かな光に部屋の一角と開いた状態で落ちている本の章が照らされていた。
――番外編 夜島と可笑しな吸血鬼
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140206
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