17th game
緑間達と別れた後は再びマネージャー業に忙殺され、選手でなくスポーツに携わった最初の一日はあっという間に過ぎた。午後もトラブルなく役目を終えたセナ達は得点板やタイマーを片付けてモップをかけ、選手達は各校の監督達に挨拶をし、言葉をもらっている。
「選手として活躍できるのが一番だけどよ、たまには裏方やって初心に返るのもありだよなぁ」
モップを引きずりながらモン太がしみじみと呟いた。アメフトを始める前は万年ボール拾いと言われ、また、大所帯になりやすい野球部は1年生は必然的にマネージャー業に携わることになる。そんな経験があるモン太にとっては今回の仕事に何か感じるものもあるのだろう。対するセナもヒル魔によって強引に選手の道を歩むことになったが、初めは主務として入部を希望し、まもりから正体を隠す為に表向きにはその業務も務め、サポートと称するまもりに仕事の9割を任せていた身としては、今回の経験はなかなか新鮮だと感じていた。
「そうだね、僕もまもり姉ちゃんや鈴音達には凄く助けられていたんだなあって実感したよ」
「それも確かになあ、……っと!集合終わったみてぇだな。残り半分かけるか!」
丁度半分かけ終わったところで、観客席へ向かう選手が見え、各校で準備した道具や私物も片付け始めた。そして人が捌(は)けたスペースがセナ達のモップによって磨かれていく。かけ始めはゆったりとしたペースだったが、選手達の撤収に合わせるように最後は早足気味で二人はモップがけを終えた。仕上げに隅でモップに絡みついた埃をふるい落とす。
「うお、埃すげ、ぶぇっくしっ!」
「鼻がムズムズ……くしゅんっ!」
「アツシ、どっちの子だ……くしっ!」
「…………」
セナとモン太以外に声が響き、二人の影が急に暗さと大きさを増す。疑問に思ったセナ達は鼻を擦って振り向くと、そこには微笑む麗人と巨人がいた。
「やあ、初めまして。俺は陽泉の氷室辰也」
「小早川、瀬那、です……」
「モン太っす……」
でけぇ。
モン太が思わず呟く。その言葉は氷室に対するものではなかった。
「コベヤ、ガワ?くんにモンタくんだね。よろしく。ほら、アツシも挨拶はマナーだよ」
「ええー、めんどくさいし。室ちん代わりにやってよ」
氷室の隣に並ぶ人物。『アツシ』と呼ばれた人物に対してだった。トイレでの出会いがセナの頭に過(よぎ)る。あの時はセナの持っているクッキーに何かしらセンサー働かせ、ねだった様子から菓子が好きなのかと一瞬考えたが、手元にある菓子類が大量に入ったレジ袋を見てどうやらそうらしいと勝手に一人納得する。他にも紫色の髪やら氷室のセナの呼び間違えやらツッコミどころは満載だが、とにかくでかいの一言に尽きた。唖然とする二人をちらりと彼は一瞥し、大きく欠伸をする。それに氷室は呆れるように溜め息をつき、言葉を加えた。
「全く……。すまない、こいつは紫原敦。少し照れ屋なんだ。えっと、コベヤガワくんとモンタくんに訊きたいことがあるんだけどいいかい?」
僕(こいつ)、小早川です。訂正するタイミングを失ったまま、二人はこくりと頷いた。
「まいう棒は好きかい?」
「はい?」
まいう棒。一本10円と手軽な値段で買え、多様な味が売りとなっているロングセラー商品だ。お小遣いが少ない小学生の頃に何度もおやつで世話になった記憶がある。
セナの中では、高校生になった今でも好きな駄菓子にランクインしていると言える。しかし、なぜ今そんなことを氷室は訊くのか。二人が頭に疑問符を浮かべていると、唐突に紫原が一歩踏み出した。
「あげる」
「えっ?」
差し出されたのは一本のまいう棒ウニ味。突然の紫原の行動に訳が分からずただ狼狽えるセナを見つめて、この味はダメ?と一言淡々と呟いた。
「いや、その……」
「エビマヨ味の方が良い?」
「あの、まいう棒が駄目って訳じゃなくて!好きなんですけど、その、何でかなあ……って、はは……」
頭を掻いて、セナが苦笑いすると、紫原はその眠たげな目を少しキョトンとさせた後、氷室と顔を向き合わせた。そして、再び二つの視線はセナに注がれる。
「アツシにクッキーをあげたのは君じゃないのかい?」
ポツリと呟いた氷室の言葉。その瞬間、紫原とのトイレ前でのやり取りが記憶から飛び出、セナはこの不思議な状況の理由を理解した。
「あ!?もしかしてわざわざ!?」
「ん、お返し」
「いやいやいや!そんな申し訳ない!!」
ぶんぶんと頭を振り遠慮するセナに紫原はマイペースにええー、と不満を表した。殺気がある訳ではないが、2m超の男の不満顔はなかなか迫力がある。
受け取った方が良いのかという困惑と、いやいや、彼は見た所相当菓子類が好きなようだしそれは悪いという遠慮がセナの心で揺れる。例え、天下無敵のヒル魔の子分その1であっても精神は平々凡々な小市民。それどころか草食系男子を飛び越え、光合成系男子ともいえる弱気を持ち合わせるセナである。
そうしてぐるぐる悩み続けるセナに痺れを切らしたのは紫原でも氷室でもなく、モン太だった。
「だぁーっ!男ならお礼の気持ちは真っ直ぐ受け取れっつーの!」
「モ、モン太?」
オーバーリアクション気味に髪をかき回したかと思えば急に叫び、セナをジトリと睨む。
「お前はこの人に何かした!そんでこの人はお礼がしたい!単純なお礼の気持ち!物を受け取って欲しい!ならどうする!?もし、お前がお礼する立場ならどうして欲しい!?」
「え、えっと、う、受け取って欲しい!」
「はい!解決!ほれ、さっさと受け取れ!」
鼻息荒く今度はセナの背中をひと叩きして、紫原との距離を一歩縮めさせた。
改めて向き直ると、紫原は別のお菓子の封を開けようとしている真っ最中であり、氷室は何か微笑ましいものを見たかの様にセナ達を見つめていた。
「話は終わったかい?」
「あ、はい……。お待たせしてすいません……。で、その紫原さん」
「んー?」
お菓子を漁る手をピタリと止め、紫原はゆったりとセナを見る。そして、セナはおずおずと言った。
「お、お菓子、ありがたく頂きます」
「別に、先に貰ったの俺だからそんな気にしなくていいし」
はい。ぽん、と紫原は軽くまいう棒を置く。セナの頭の上に。
一瞬、時が止まり、その次に氷室の怒号が体育館に響いた。
「ア、アツシ!!お前って奴は何て失礼なことを!!!!」
「えー、手渡ししにくいしー」
「そんな問題じゃない!すまない、コベヤガワくん!こいつ少し抜けてて……!」
「は、はあ……」
クールが代名詞のような容貌をしている氷室が焦った様子で頭ふたつ分はでかい紫原の胸ぐらを掴んでいる様はどことなくシュールだ。正直、頭の上にまいう棒を置かれたのはかなり驚いたが、紫原から蔑みといった負の感情を全く感じなかったためか、それに関しては特に不快な気持ちはない。但し、これがヒル魔の場合であれば何か挙動を見せた瞬間に逃げるが。
まるで大きな子どもと保護者だ。説教をする氷室と気怠げに聞く紫原を見てセナは思った。
それにしても、だ。
「だいたい、コベヤガワくんから貰ったクッキーも……」
「コベヤガワくんは誠凛の……」
「コベヤガワくんが優しい人じゃなかったら……」
名前間違いが酷い。モン太でさえ、セナが何も言っていないのに関わらず只々無言でセナの肩に手を置いた。彼は一言も発していないが、うるさい、とモン太に言いたくなりその手をペシリと叩く。まだ、氷室の説教は終わりそうにない。
高見先輩か筧タイプだな。モン太がボソリと呟いた。顔の構造的には筧くん寄りだと思うよ。口には出さずに心中で意見する。
話題に出た二人はここにいる筈がないが、くしゅん、とどこかからくしゃみが聴こえた気がした。
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131104
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