一話 | ナノ


1st game

「な、いつものとこも良いけどこの店も悪くねぇだろ?」

 店内を流れるBGMをバックに雷門太郎ことモン太は得意気な顔でこちらに振り向く。そんな彼を見てチームメイト兼親友である小早川瀬那は思わず笑顔が零れた。
 あの列国と激戦を繰り広げたワールドカップを終え、ヒル魔たち二年生は引退した。そして、日々を練習と試合に費やしたとはいえ世間の学生は春休み。今日は部活の休養日だったのだが、モン太から「ちょっと遠いけど良いスポーツショップがある」、と外出の誘いをかけられたのだ。

「うん! 品揃えも多そうだし注文の手間とか省けそうだね」
「だろ? まぁ、つってもここは泥門からは遠いし部活全体の買い出しには向かねぇんだけどな」
「あ、そっか……。けど、休日にこうやって来る分には普通に良いところだと思うよ」

 それにしても広い。探せば見つかる程度ではあるのだが、慣れない店内の構造と雰囲気は呆けていると迷ってしまいそうだ。
 まだ商品を買う気はなく、二人でテーピングやコールドスプレーといった商品を眺めながら、やれこれのストックはまだあるだのこれはそろそろ切れそうだのと会話する。一通り店内を眺め終えた後、今回の目的であるモン太のスパイクの中敷きを買いに向かおうとした時、彼の携帯から着信音が響いた。

「誰だ、って母ちゃんかよ……。わりぃ、ちょっと外で話してくるわ! わざわざ電話っつうことは長くなっかも! あとトイレも行ってくる!」
「うん。雑誌でも立ち読みして待ってるよ」

 悪い、と顔の前で手を立てるモン太に了承の意を伝えると、彼は急いだ様子で店の入り口へ向かって行った。一人店に残されたセナはもう一度店内を見回す。一年前の自分なら到底縁のなかったカテゴリーの店にいるという現在が何だか不思議に感じた。
 雑誌コーナーに向かうと様々なスポーツ専門誌が本棚を彩る。モン太とはぐれることを懸念してああ言ったものの、今月の月刊アメフトは既に読んでいる為に目当てにした雑誌は特にない。何を読もうか、と考える中でふと気になる表紙が目に入った。

――今年の注目チーム特集&ウィンターカップの王者の秘密に迫る!創部二年目にして大勝利を導いた戦力大分析!!

 創部二年目。泥門デビルバッツと共通するその数字に手が引き寄せられる。手に取った雑誌の表紙はバスケットボールを構えてただ一点に集中するスポーツマンらしい短髪の眼鏡をかけた男性選手の横顔だった。バスケ部といえば助っ人として世話になった佐竹と山岡が脳裏に浮かぶ。ヒル魔達二年生が引退した時には、やっと解放されると半泣きで喜んでいた姿が記憶に新しい。直後に彼から脅迫手帳をちらつかせられていた様子から、二人には悪いが結局今年も強制的にデビルバッツの一員として頑張って貰う羽目になるのだろう。
 あの日のことを思い出して、セナは少し頬を緩ませてページをめくった。各校の特徴に選手データが掲載されているが、流石に雑誌に掲載されるレベルの強豪校となると選手のフィジカルが違う。流し読みとはいえ170p以下の数字が見られない、中には2m以上の選手までいる。

 アメフトでも勿論長身の選手は多い。それこそ2m近い選手では、巨深の高波(ハイウェーブ)のメンバーや太陽の番場、白秋の峨王、アメリカ代表のMr.ドンなど何人も見てきた。しかし、セナにとっては『背が高い』というより、体重による体格も伴って『デカイ』という認識が強い。そういった選手はアメフトにおいてはラインマンが専ら多い上に能力としてパワーはあってもスピード面ではやや劣るという選手だった。誰しも得意不得意、長所短所あるのだから、それほど深く考えずにその部分を他のメンバーがサポートして補えば良い話であるのだが、俊足でパワーもある2m級のバックスやLB(ラインバッカー)が沢山いるチームを想像すると進や阿含との対決並みに背筋が震えた。むしろそんな集団に立ち向かって死なないかも怪しい。
 そして、バスケといえばあの狭いコートで瞬発力、跳躍力、シュート、ドリブルといった技術力など様々な能力が求められるスポーツだ。どのスポーツでも身長が高いことは有利であるが、『背が高い人がするスポーツといえば?』と問われると大概の人はバスケもしくはバレーを浮かべるだろう。また、これらどちらかのスポーツをすると身長が伸びるという話も昔から良く耳にした。

 自身ががもしバスケをやってたらあの進やパンサーのような体になれたのだろうか。
 チーム内でもモン太と並んで小結の次に小さな自分を考えると、ふとそんなことが頭をよぎった。しかし、そんな考えは視界の端に急に出現した水色の存在に一瞬で吹き飛ばされた。

「すいません。少し横にずれていただけませんか」
「ひぃっ!? って、あっ……」ごめんなさい!」

 いつの間にか隣に存在する人に驚いて横に飛び退く。この一年間、あのヒル魔にしごき倒され体力も精神力も成長したセナだったが、ビビりなのは最早生まれついたものだった。そうして未だに動悸が続く胸を押さえつつ、悲鳴を上げるだなんて失礼なことをしてしまった、と申し訳ない気持ちと恥ずかしさがセナの心に込み上げる。
 セナと同じ雑誌を手に取った人物はというと、日本人にしては珍し過ぎる澄んだ冬の空のような水色の髪が特徴的な見目をしていた。セナの謝罪に対し、慣れてますし、そんな気にしていませんから大丈夫ですよ、と無表情で一言をかける。そんな彼にいや、慣れてるというのもどうかと思う、と心中突っ込まざるを得ない。

「キミもバスケをするんですか?」
「え?」

 染めているのだろうか、と彼の特徴的な髪に完全に意識を向けていたセナはと問われたことをすぐに理解ができなかった。綺麗なスカイブルーの瞳をこちらに向け、それですと彼は手元にある雑誌を指さす。

「あ、こ、これ? いや、バスケしてるとかじゃなくて、その、友達を待つ間見てみようかなって思って。だから、偶然見てるだけなんです。何か期待させたならすいません」
「そうですか……」

 しどろもどろに返したセナの言葉に変わらず無表情なのだけど、少し落胆した様子で彼はポツリと呟いた。その表情に少し罪悪感がわき、セナは慌てて話題を振った。

「その、あなたはバスケが好きなんですか?」

 思わず声をかけると彼は少しキョトンとした様子でセナを見た。その様子を見て、僕は何いきなり変なこと聞いてるんだ、と心中で自分を罵る。そんなセナの苦悩を知るはずもないのだが、対する彼は本当に少しだけ表情を和らげて言った。

「はい、大好きです。バスケも、チームのみんなも、ライバルの人達も」

 みんな最高のプレイヤーです、と誇らしげに言い切った彼の言葉がセナの心にじわりと響く。そして彼の様子に思わずセナも笑顔がこぼれた。

「本当にバスケが大好きなんですね」
「そんなに言われると照れます。そういうキミは……」
「おーい、黒子どこだー。練習遅れっぞー」

 今度は彼がセナに向けて何かを聞こうとしたが、それは新たな声に遮られた。商品棚からにょきりとはみ出た赤黒い頭髪。辺りを見回すように忙(せわ)しいその動きは、商品を吟味しているのではなく、誰かを探していた。

「全く……、火神君がここに用事があるって言ったんじゃないですか……」

 それを見つめて彼がボソリと小さな声で漏らした不満がセナに聞こえる。呆れながらも友愛を感じさせる声色にセナはクスリともうひとつ笑いをこぼして、声をかけた。

「チームメイトの方ですか?」
「はい、というより相棒ですね。もっと君と話してみたかったんですが……本当に残念です。また会えたら今度はキミの話を聞かせて欲しいです」
「え!? ぼ、僕の話ですか?」

 いきなりの申し出に驚かないわけがなく、思わずオウム返しした言葉に、はい、キミの話です、と彼も同じように返した。何だか不思議な気恥ずかしさが噴出してくる中、どう返そうか言葉に迷っているとこちらにも時間切れの合図が鳴った。

「セナ、遅くなった! いやー、トイレでションベンのつもりが大の方もしたくなっちまってよー」
「モ、モン太!」
「キミも友人が来たようなので失礼します。では、また」

 悪い悪い、と慌ただしく駆け寄って来るモン太に視線を向けると、彼の別れの言葉が耳に入る。それに慌ててこちらも挨拶しなければ、と振り向いた体を戻すとそこには誰もいなかった。

「あれ?」

 彼を姿を探してキョロキョロと店内を見回していると、今度はうお、と何かに驚く声が耳に入る。音の元を見ると、先程の彼と彼の相棒だという人がいた。お揃いのジャージにエナメルバッグと、服装は全く同じなのだが、明らかに長身な相棒と恐らく同年代の平均身長程度であろう彼が並ぶとその身長差は大変目立つ。とは言っても、自分はその彼どころか同年代の女の子の平均以下なのだから言える立場ではない。おまけに赤と水色という印象的な色は、その身長差も相まって何だか彼とその相棒が対称的な人間であるように思えた。

「セナ?」
「あ、ごめん。何でもないよ」
「おいおい、大丈夫かよ? まさか体調悪いのに無理して来たとかじゃねぇよな?」
「そ、そんなことないよ!」

 心配するモン太に慌てて大丈夫であることをアピールし、目的の中敷きを買いに商品コーナーへ向かう。もう一度ちらりと二人を探すと、ショーウィンドウ越しに遠ざかる二つの背中があった。
 それを見て、先ほどの出会いの想起に浸るセナだが、会計コーナーで彼の相棒が忘れた学生証を見つけてしまい、届ようかどうか迷うのはまたすぐのことだった。

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121224

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