漂流したるは薩摩隼人
ここは何処だ。
今や過ごし慣れた廃城でも、エルフの村でも、ましてや関ヶ原でも全ての始まりであったあの通路でもない光景に豊久は戸惑えざるを得なかった。しかし、そう戸惑いながらも、彼の指先は腰に据えられた人の半身ほどはあろう長さの野太刀に添えられていた。
相対するは二つの殺気と一つの闘気。いや、後ろからもう一つ。忍か。明らかに友好的な雰囲気ではない。
「Hum……人様の戦いに割って入るたぁ、mannerのなっていない野郎だな」
弦月の前立てに眼帯。まるで噂に聞いた伊達政宗のような容姿だ。だが、その男には一つ決定的な違いがあった。
明らかに若いのだ。豊久の知る伊達政宗は自身よりも三十歳近く年上だ。だが、目の前の男はそうは見えない。恐らくまだ10代だろう。おまけに両手いっぱいに刀を扱うなどという話も聞いたこともない。
「さ、佐助!如何なる状況なのだ!?某さっぱりわからぬ!」
「旦那、見りゃ分かるでしょ……。というかそんな叫んじゃったら俺様忍んでる意味ないじゃないの……」
二槍を持つ紅い男が訳が分からぬという表情で叫べば、背後からガサリと何かが現れる音がした。
あの隠れた殺気の持ち主か。豊久は刀を持つ手に力を込めた。
紅い男の姿はというと、素肌に奇っ怪な紅の羽織と、何とも肝っ玉の据わった戦衣装だった。余程相手を懐に寄せ付けない自信があるのか。その顔は精悍ながらも幼さがあり、あの蒼い男と同様に10代であろうとことが予想された。
だが、今はそんなことは関係ない。
漂流物(ドリフ)か廃棄物か。見た目からしてオルテの民やエルフやドワーフといった亜人と呼ばれる種族とも違う。何よりもオルミーヌも安倍晴明もいない状況で言葉が通じるということは相手は日本(ひのもと)の者で間違いない。
豊久としては漂流物であろうが廃棄物であろうが戦いを挑んでくる以上は敵であり、向こうが殺す気ならばこちらも首をとりに行くつもりだ。だが、漂流物ならその首をとった後に晴明率いる機関とやらが喧しい。
このおかしな事態は確実に通路の男や人ならざる力が働いているのだろう。しかし何がどうなって、こうなっているのか分からない以上豊久自身、どうすればよいのか分かる筈もない。信長や与一がいればまた違うのだが、どうにもならないことをあれやこれやと考えるのは豊久の性ではなかった。
だから、豊久は己の知りたいことから求めることにした。
「貴様(きさん)らは敵か」
「Ha!そりゃこっちの台詞だ。島津の野郎がわざわざ南から何の様だ?」
豊久の戦衣装の胸元に刻まれた家紋を見つめ、蒼い男が殺気を鋭くすると同時に刀へと小さな青白い光が迸る。それを見て、豊久は新たな疑問を口にした。
「貴様(きさん)らは『はいきぶつ』とやらか」
「Ah?」
「はいきぶつ?」
豊久の問いに男達が不可解だという顔をした。もしかしたら最初の己達のように自身がどのような存在なのか知らないのかもしれない、と男達の様子から豊久はそんなことを考えた。
そうして少し男達から意識を逸らした時、ある一つの殺気が豊久に飛び掛かった。
反射で飛び退いた途端にそこに無数のくないが突き刺さる。あと一歩遅ければ串刺しになっていた。
地面の有り様にひやりと背筋が冷たくなるが同時に体中の血が巡り、感情が高揚する。そして、休む間もなく再び殺気。敵は背後にいる。それを感知して、豊久は刃を背後へ一気に振り抜いた。
手応えはあった。しかし、それは肉や骨を断つ感覚ではない。良い勘を持っている、と吹き飛ばした先で巨大な手裏剣を携えた片腕を支えて跪く派手な忍を見つめて感心した。
「佐助!貴様ぁ!!」
紅い男が忍に呼びかけ、叫びを上げる。そして、豊久に怒気を発すると男が手にした槍に炎が灯った。蒼い男に視線を寄越せば、側近と思わしき厳つい顔をした男も戦闘態勢に入っていた。その刀にも迸る光。
雷(いかづち)と炎か、とボソリと一人呟く。次いで彼は再び同じ問いかけをした。
貴様達は敵か、と。
蒼い男は言った。アンタには俺がfriendに見えるのか?、と日本語(ひのもとことば)でない意味不明な言葉を織りまぜながらも明らかに味方でない様子で不敵に笑って。
紅い男は言った。某の大事な者を傷つけた以上、許すことはできない、と激昂して。
そうか、と豊久も淡々と返した。敵ならばその首は討ち取らねばならない。だから豊久も武器を構えて彼等に宣告した。
なら、その首おいてけ、と。
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130505
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