「…やっと着いた〜、もう足が動かねぇよ」

「来る時とは違うルートを通ったからな。…とは言えそこまで歩いた距離に違いはないはずだが」

ハーブ園でつかの間の休みを味わい、やがて眠りから起きたルークと共に帰路に着いたヴェイグは、最初に船から降り立った場所の近くまで歩いてからそう零す。

行きと帰りに歩いた距離はほぼ変わらないと言うのに、溜まっていく疲労には違いがあるのかと生真面目に悩み始めたヴェイグを見て、ルークはそんな事はどうでもいいから早く船が着陸する所まで行こうぜと言ってその背中を押した。

最近はルークも此方と触れ合う事に慣れたのか、このように直に接触しても恥ずかしがる事は無くなり、自分としてはそれがとても嬉しいのだと微笑んだヴェイグは前を真っ直ぐに見据えた。

そしてハーブ園で回収してきた植物達が入っているバッグを来た時と同じ様に肩に担いだヴェイグは、ルークに背中を押されるようにして前に進んだ。

「お、きたきた!」

「…もう少し後ろに下がっていた方がいいぞ、ルーク」

「分かってるって」

雲の間からゆっくりとやって来た船の姿をきちんと確認するべく、ヴェイグ達は共に空を見上げる体勢を整える。そして降下を始めた船の拡声器からは、アンジュの声が響いた。

『お疲れ様、二人共。いま入り口を開けるわね……って、きゃあ!!』

「アンジュ?」

拡声器から聞こえて来たアンジュの声が不自然に途切れた事に、ヴェイグは警戒心を露わにする。そしてルークを守るようにその前へと立ったヴェイグは、自らの大剣を握り締めながら何があったのだ…と小さく呟いた。

アンジュは船の中にいるのだから、そこまで危険な目にあった訳では無い筈だが…と心の中で零したヴェイグは、無事に着陸した船の入り口から出て来た人物に驚いて目を見開いた。

「お前は……」

「私達に何も言わずに一体どこへ行っていたの!!ルーク!」

片目を隠す特徴的な髪型をした女性が船の入り口からズカズカと出てきて、その姿を確認したルークは無意識の内に顔を顰め始める。それはヴェイグも同様だったようで、同じ様に顔を歪ませたヴェイグは自らの背中にルークを隠すと、此方にやって来ていたティアの前に立ち塞がった。

「…ルークは俺の頼みで一緒に付いて来てくれていただけだ。それに怒る必要なんて無いだろう」

「一体何なの、貴方!いま私はルークと話をしているのよ、部外者は勝手に出て来ないで頂戴!!」

「…………」

話が通じないティアに対して肩を竦めたヴェイグは、これからどうしたらいいのだろうかと頭を抱える。

その途中で船の入り口を見てみてば、アンジュを始めとしたギルドメンバー達が心配そうに此方を見つめていて。先程アンジュの声が途切れたのもティアが無理やり船の入り口を開けて、自分が先に降りれるように船を勝手に動かしたからだろうと察したヴェイグは、なおもルークに厳しい視線を向けているティアに顔を向けた。

「…俺は部外者じゃない、さっきも言った通りルークは俺の頼みでヘーゼル村まで付いて来てくれただけだ。それにルークが何も言わずに行動したとお前は言っていたが、俺達はきちんとアンジュを始めとしたメンバー達全員に今回の件は伝えていた筈だ」

「そんなの嘘でしょう。私はそんな事聞いてはいないし、ガイやナタリアだってそんな事は言っていなかったわ」

とにかくルークと無理やりにでも話をしようと、ヴェイグを押しのけて通り越そうとするティアの後ろから唐突に声が掛けられる。

「あら、私は確かに貴方達にも彼らの事を伝えたわ。けれど貴方達は違う事に気を取られていて、全く私の話を聞いていなかったけれどね」

アンジュの後ろからツカツカと出て来たジュディスのその言葉に、次々と同意の声が湧き上がる。おそらくジュディスはティア達が元来話などをきちんと聞かない性分なのを理解していて、それを狙って此方の事を説明したのだろうとヴェイグは察する。

それに対して言い訳じみた事を口走っているティアのすぐ横を走りだしたヴェイグは、ルークの腕を掴みつつ急いで船の中へと駈け出した。

「…っ、ちょっと待ちなさい!!」

「待つのは貴方のほうよ。ルークは貴方達の所有物ではないの、わざわざ貴方に出かける時の行き先や行動を伝える義務なんてないわ」

「私は彼の護衛よ!行き先を聞いておかないと危険じゃない!」

「…自らを護衛と言うのなら普段からそう言ったきちんとした行動を取って欲しいものだわ。護衛対象よりも後ろで安全に戦う護衛なんて、恥さらしもいいところよ」

普段のティア達を馬鹿にしたようにそう言って、ジュディスは興味を失ったようにゆっくりと船の中へ戻って行く。そんなジュディスに反論をしようとティアは足を動かし始めるが、その足元付近に鋭いナイフが勢い良く突き刺さった。

その衝撃に驚いたティアが急いで視線を上げると、船の入り口で仁王立ちしているアンジュと目があって。彼女は黒い表情を浮かべたまま、船の入り口をその体で塞いでいた。

「……先程、私に手をあげて勝手に船を動かした事はリーダーとして見逃せる事ではありません。少し地上に降りて、頭を冷やしてきて頂戴」

「ま、待って!!」

アンジュのその言葉に青ざめたティアは急いで船へと駆け寄るが、その前にアンジュの指示で船は高度を上げる。地上で一人何かを叫んでいるティアをその場に残して、空へと飛び立った船の中で溜息を吐いたアンジュは、船を勝手に動かされた際にティアに叩かれた頬を自分で癒やしながら周りに集まっていたメンバーを見渡す。

「騒がしくしてごめんね、みんな。もう大丈夫だから各々の自分の作業に戻ってもいいよ」

「アンジュさん。ルークさんの同行者の方々には彼女……ティアさんの事はなんて説明するんですか?」

「そうね、一人でクエストを受けたとでも伝えて頂戴」

近くにいたミントに問われて、アンジュは疲れたようにそう答える。

この様な事件が起こってしまったのならば、残念だがティアを船から降ろす事も考えなければいけないだろうと、アンジュは周りにいたメンバー達に視線を向けてから小さく頷く。そして集まっていたメンバーのほぼ全員を見渡したアンジュは、途中でとある事に気づくと疑問の言葉を口にした。

「…あれ、ヴェイグ君たちは?」

今回の事件に巻き込まれた被害者である彼らの姿が周りを見ても確認出来ず、アンジュは不思議そうに首を傾ける事しか出来なかった。












「…どうやら、アンジュ達が何とかしてくれたようだな」

船の入り口付近で起こっていた騒ぎが鳴りを潜めたのを確認してから、ヴェイグはずっと掴んでいたルークの腕を引き寄せてその体ごと抱きしめると静かに息を吐いた。

先程ティアが近づいて来ていた際、ルークが彼女を見たときに浮かべた表情を確認したヴェイグは咄嗟に彼女から逃げる道を取った。何故ならあのまま彼女の前にいればルークが云われの無い暴言を向けられるのが目に見えていたからだ。

せっかく共にハーブ園へと出かけて気分が晴れていたというのに、こんなことが起きてしまっては台無しではないかとヴェイグは残念そうに自らの首を振った。

「済まないな、ルーク。……俺がきちんと警戒をしていれば…」

「ティアの事はお前が悪いんじゃねぇだろ、別にいいって…」

強がるようにそうルークは言っているが、ティアに大声を出されたせいかその顔色はあまりよろしくは無い。普段から同行者たちにいつも叱られていたり、大きな声を出されてしまっているルークに取って、先程のティアの声も相当恐怖を抱くことだったのだろう。

微かに震え始めているルークの体に痛々しそうに視線を落としたヴェイグは、それを落ち着かせる為に自分の体へルークの体を強く引き寄せた。

「…大丈夫だ、ルーク。彼女は暫くはお前の前に出ては来ないだろう」

さっき聞こえて来たアンジュ達の話を聞く限り、ティアは暫く地上に降ろされて帰っては来ないだろう。その分だけルークの負担も減るはずだと、ヴェイグは抱き寄せたルークに薄く笑った。

「…ルーク、お前があの同行者達に恐れを抱いているのは分かっている。この船にいる人間なら…きっと誰でも分かっているだろう」

それでも今までルークに何も手を出せずにいたのは、ルーク本人がいまだギルドメンバーにたいして警戒心を抱いていたからだ。無理に近づいてもルーク本人が此方に心を開いてくれない限り、同行者達からルークを守る事は不可能だったに違いない。

しかし自分がハーブの事をきっかけにルークに近づいたお陰で、その警戒は徐々に解かれ、ルークもギルドの人間やヴェイグ達を少しずつ信用してくれるようになった。

もう、一人でティア達に怯えなくてもいいんだと言われて、一瞬体をビクつかせたルークは恐る恐るといった様子で顔を上げた。

「……お前、何で俺にこんなに優しいんだよ」

「…仲間に優しくするのは当たり前の事だろう?それに俺にとってルークは仲間と言うだけではないからな…」

その言葉を聞いて不思議そうに首を傾げるルークに、ヴェイグは困ったように笑う。

いつからこの感情を抱いていたのかは定かではないが、きっとルークを愛おしく思うこの感情は嘘偽りのない本物だろうとヴェイグはルークの姿を見下ろした。

「…俺は、どうやらお前に好意を抱いているらしい」

「…は?」

「俺もこういった気持ちを持ったのは初めてだからうまくは言えないが…」

そう言ってヴェイグはクレアのことを思い出す。

確かにクレアに抱く感情もルークに抱くものと似てはいるが、それは家族に向ける愛情であって他人に向ける感情とはまた違う事にヴェイグは気付いていた。いまだ自分の中でグルグルと渦巻いている感情を、いっその事全部伝えてしまおうとヴェイグは決意して口を開いた。

「俺はお前が好きだ」

普通に考えたらこんな感情を抱いてしまう事自体がおかしいのだというのは分かっている。

だが、このまま気持ちを伝えないでいればそれこそ後悔が波になって襲ってきそうだと、ヴェイグは眉を下げて言葉を紡いだ。その言葉を聞いて呆然とヴェイグは見上げたルークは、次第に顔を赤く染めると言葉にならない声を呻き声のように零した。

「お、俺は男だぞ!?」

「ああ、知ってる」

「ラ、ライマ国の第一王位継承者なんだぞ…」

「ああ、理解している」

身分が違う、性別も同じ。それでもこの気持ちに偽りはないと続けたヴェイグに、諦めたかのようにルークは顔を下げる。

「馬鹿だっての、お前。…お前みたいに顔も性格も良ければもっとマシな人間と一緒にいる事だって出来るのに…」

けれどヴェイグに好きだと言われて喜んでいる自分が一番馬鹿なのかもしれないと、ルークは顔を真っ赤にさせて俯き続ける。ルークのその小さな言葉を聞いてヴェイグは一度だけ目を大きく見開くと、泣き出しそうな顔をしているルークに笑みを浮かべて強く抱きしめた。

「……もう少し落ち着いたら、またあのハーブ園に行こう。あそこは俺とルークしか知らない場所だから、きっとゆっくり休む事ができるだろう」

「…………」

「大丈夫だ…俺はいつでもルークのそばにいる…」

だからもう一人で恐怖に震えることはないと告げれば、ルークは長い髪に顔を隠して小さな嗚咽を零す。そんなルークを慰めるように優しく背中を撫でたヴェイグは、泣き声を零しているルークの額に愛おしそうに口付けを送った。






にくちづけを 



2013/12/31





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