甘くて苦い






レポートを書くためだけにやってきた資料室は異様なほどに静かで、私がキーボードを打つ音と、ギルベルトが資料を捲る音だけが響いている。周りに人はいない。と、いうのも、図書館で終わらせてしまおうと言った私に対し、彼が、人がいる図書館だと集中できない、とごねたので、わざわざ遠い資料室までノートパソコン等を運んできたのだ。
途中で買った缶コーヒー(微糖しかなかったため、無糖がよかったな、と言ったら、色気ねえなお前、と呆れられた)を一口啜り、箇条書きにしていたことを、資料と考えを交えてひたすら打ち込む。今日中に終わるだろうか。視界の端で、銀髪がもそもそと動いていて気になる。

「…お前さあ、卒業したらどうすんだよ」
「え?どうするって、就職するけど」

そういうことじゃなくて。飲み終わった缶を弄びながらギルベルトが付け足す。
お前、下宿じゃなかったらどこに住むつもりなんだよ。

「とりあえず就職先と近いとこがいいとは思ってるけど、詳しくは考えてないよ」
「そっか」

ほっとしたようなギルベルトの表情に疑問を抱きながら、キーボードの上で指を躍らせる。ああ、もう、どこ打ってたかわからなくなった。
資料と自分のレポートを見比べている私の視界の端で、先ほどからそわそわしていた彼が、更に落ち着きをなくしていた。気が散って仕方ない。

「なに、落ち着きないけどどうしたの?」

トイレなら勝手に行ってきていいよ。人が気を遣って言ったのに、溜め息を返してくるこの男は何様のつもりなのだろう。
少し経っても特に返事がなかったので再びディスプレイに視線を戻す。
しばらくして、どん、とギルベルトが机に拳を置いた音がした。今度は何だろう。

「俺んち、住まわせてやってもいいぜ。つーか住め、養ってやるから」
「…なにそれ、結婚でもするつもり?」

茶化したつもりが、口から発せられた声は思ったよりも小さかった。
返事は今じゃなくてもいい。そう言った彼の声は笑っていたけれど、顔を見るのがなんとなく気まずくて、ひたすらキーボードを叩いた。




―甘くて苦い―

(甘いのに苦い)
(缶コーヒーも、この空気も)


2011.09.19
大学生パロ

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