日付が変わろうとしていた。目の前のグラスに注がれたコーラは汗をかいて気も抜けて、これ以上手をつける気になれなかった。HiMERUの、きれいに整頓された部屋はまだ少し居心地が悪く、わたしはしきりに袖口を伸ばす。
 彼といるのは楽しく、どうしようもなく愛おしく、あたたかい気持ちになる。ただ、それとこのきまりの悪い感じはべつなのだ。まだ数回しか訪れたことのない男の部屋と、更けた夜のしんとした空気とが、面はゆいのは彼も同じだろう。

「コップ、下げますね」

 HiMERUはキッチンへと向かい、取り残されたわたしはスマホの通知を確認するふりして時計を垣間見た。帰るなら今だし、何にも気づかなかったふりをするのも今だった。まだキスもしていない実りのない日だというのに、今日はあいにく平日のど真ん中で、どちらを取るにも悩ましくわたしは窓の外を見る。

「ねえ」

 HiMERUは足音もなく戻ってきて、気づけばわたしは彼の腕の中にいた。鼓膜を低い声がゆさぶり、後ろからゆるくわたしを抱きしめる腕はどこか緊張を孕んでいた。肩口にかかる細い髪からはほのかにこの部屋と同じ匂いがする。

「今日って、」

 終電を逃すつもりとか、あったりするんですか。
 小さい声で、HiMERUは言った。緊張してるのか、気恥ずかしいのか両方なのか、どことなく震えていて。彼の表情を想像して少しだけ笑ってしまいそうになる。わたしがなんにも言わないでいるからHiMERUはさらにぎゅう、とわたしを強く抱きすくめた。
 彼は結構、かわいいのだ。帰す気がないならそうと、正面から言えばいいのに。

「ない…って言ったら、どうするの?」

 ちょっとだけ意地悪を言ってみたくなる。また見えない彼の表情を思い浮かべた。シンプルなシルバーリングを嵌めた指に手を滑らせてみると、HiMERUはまたちょっとだけ回した腕に力を込めた。

「帰ってほしくないと、引き止めるつもりでした。……最初からそう言えばよかった?」

 わたしは振り返ってかわいい恋人の顔を見る。少しだけ赤くなっていて、思わず口元が緩んだ。

「顔赤いね」
「うるさいですよ」
「だって。意外とかわいいこと言うんだね」
「……どうしても名残惜しくて」
「わたしも、帰してほしくなかった」

 ようやくキスをした。明日のことは全て忘れることにする。夜は長いし、わたしたちは若いのだ。