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故国の名


 ドラゴンと堕天使の二人が一向に落ち着かないため、四人は森や林の中をゆっくりと進んだ。エルストア帝国首都に着くまで、それ程時間はかからなかった。着くなりシュウがすぐに皇帝への謁見許可を貰って来た。
 夜になってから、首都近くの森で、リーファは謁見許可書を見ながら尋ねた。
「何を言ったの?」
 皇帝への謁見許可などすぐ取れるものではない。その上、翌日の午前中などの時間を開けて貰えるはずがない。
「俺たちがここに来ることを知っていたらしいな」
 シュウには、察知されていたことに対する警戒心はなかった。リーファは、未だに見えぬ王家の謎を思いながら、近くの大樹の陰を見た。
 ビアンカとミューシアは大樹の陰で眠っていた。ミューシアがよく寝るのは前からだが、神聖レンシス王国を離れてから、ビアンカもよく眠る。ビアンカは神聖レンシス王国の恩恵を受けていたのだろう、とリーファは考えていた。
 神聖レンシス王国は管理された異常な国だった。
 セフィリス・サラヴァンの記憶は、神が今ほど力を持っていなかった時代のままで止まっている。リーファの持っている情報は少なく、覇王の持っていた情報は古いのだ。リーファは少しでも情報を得たかった。
「馬鹿二人は置いていくが、お前は連れて行く」
 シュウはミューシアとビアンカの方をちらりと見た後、そう言った。
「着いて行くよ」
 リーファは真っ暗な空を見上げた。リーファはシュウの目的を知らない。ただ、リーファは先のことは考えない。リーファにそんな余裕はない。暴れる覇王の魂を無理矢理抑え込むだけで精一杯なのだ。
 しかし、リーファはこのようにシュウとゆっくり話をするのが好きだった。たとえ、自分の魂を抑え込むことになろうとも、リーファはその努力を惜しまなかった。
「セフィリス・サラヴァンには、子どもがいたのか?」
 何かを思い出したかのように、シュウが尋ねた。リーファはセフィリス・サラヴァンの名を聞いて身構えたが、シュウは全く他意がなさそうだった。
「セフィリス・サラヴァンとバルベロの間には、四人の子どもがいた」
 セフィリス・サラヴァンがバルベロを監禁していた間、バルベロは毎年一人ずつ子どもを産んだ。
 バルベロが覚えていないはずがない。
「俺は知らねぇ」
 リーファは四人が生まれた時のことを思い出した。バルベロは確かに自分で生んだことを認識していた。知らないはずがない。もし、記憶にないと言うのなら理由は一つしかない。
「覚えていないということは、その記憶が消えているということだと思う」
 記憶にないということは、それだけバルベロにとっては、辛くて仕方がなかったのだろう。
「長女セレン、長男バレス、次男バラスト、次女セラキア。全員年子。乳母に育てさせていたけど、セフィリス・サラヴァンが死んだ後のことは分からない。殺されたと考えた方がいいかもしれないね」
 バルベロに対しては狂人だった覇王も、他の者には最後までセフィリス・サラヴァンだった。彼は四人の子どもを可愛がっていた。それ故、殺されたに違いない、とリーファは思っていた。覇王の血を引く彼らの存在は邪魔以外の何物でもなかったはずだ。今さら掘り返すことではない。
「いや、生きている」
 シュウは断定した。何を根拠にそう言っているのか、とリーファが問う前にシュウは続けた。
「セレシア・フェーリア・レンシスは確かにエルストア人の色を持っていたが、顔立ちはエルストア人とは思えなかった」
 リーファは、セレシア・フェーリア・レンシスを知らない。
「俺もそうだし、セレシアもそうだ。目が窪んでいなかった」
 濃い色の肌と漆黒の髪、そして窪んでいない目。その容姿はリーファが誰よりもよく知っていた。エルストア人のように彫が深いわけではなく、レンシス人のように明るい髪色をしているわけでもない。
「俺はセレシア・フェーリア・レンシスの故国の名をあの狐に尋ねた」
 シュウは淡々としていた。
「あいつは言った。セレシア・フェーリア・レンシスの故国の名は、世界である、と」
 世界。世界という国を作ったのは、史上でただ一人だ。
「つまり、王妃がその四人の中の誰かの子孫だということだ」
 リーファは目を伏せた。
 セフィリス・サラヴァンの誕生した地に首都を置く神聖レンシス王国。その地に生まれた世界の後継者と、しがないシャーナの元に生まれた女の子、どちらを覇王の子と見るか。
 答えは明らかだった。誰もが何の疑いもなく、シュウを覇王の生まれ変わりとして見た。
 運はセフィリス・サラヴァンに味方した。しかし、それ故にシュウは不幸になったのだ。

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