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貴方と共にあれば


「…本当にいいのか?」

黒衣を身に纏った男が、不意に問い掛けてくる。

「…えぇ。もう決めたんです。自分の出した答えに、迷いはありません」

純白の翼を背中に持つ男が、徐に答えた。

「……そうか。なら、共に堕ちよう――」

白き翼を持つ男の前に跪くと、黒衣の男は彼の手を取り、甲へと軽く唇を寄せた。それはまるで何かの儀式であるかのように、そっと優しく。それからゆっくりと立ち上がり、包み込むように、眼前の四肢を腕の中へと収めた。

刹那、翼を持つ男の背中から、はらはらと白い羽が舞い落ちる。更に相手に強く抱かれれば、抱かれるほど、次から次へと羽が散っていく。

「……トキヤ」

その光景を目の当たりにしたせいなのか、僅かばかり戸惑った声音が、翼を持つ男の耳元を掠めた。

「いいのです。これで、いい…」

相手を宥めるように告げて、翼を持つ男は自ら回した腕に力を籠めた。



かつて私は、天使と呼ばれる存在であった。
神の命を受け、白く大きな翼でありとあらゆる場所を飛び回り、人々が負った心身の疵を癒すのが、天使たる私の役目だった。
だった――と、過去形なのは、もうそんな大それた存在では、なくなってしまったから。
私は一人の人間と出会い、恋に落ちた。
天使として生まれから初めての経験だった。こんなに心を揺さ振れた存在と出会ったのは。
しかし、人間と恋をするのは、天上界ではタブー中のタブーとされ、その罪はとても重かった。
重罪を犯した天使は、その職を剥奪され、再びと天界に昇(あ)がることは疎か、転生も赦されてはいない。
翼をもがれた、天使。癒しの力を失った、天使。
地上の人々はそのような存在を、皮肉混じりに堕天使と呼ぶ。

堕天使と呼ばれた者の末路、それは地上界で生きる人間とほぼ同じ。いや、それ以上に苦しいものかもしれない。
僅か八十年余りの短い生命を全うし、やがて、最期を迎える。
更に神の逆鱗に触れた者は、直接、神から罰を与えられる。
天使として数百年ほどの長い時間を生きて私には、人類の生命など、想像も出来ない短さだ。

けれど、それでも私は、人間であるレンと共に生きることを選んのだ。否、望んだのだ、この私自身が。
彼の傍に居たいと思った。彼を愛したいと思った。天使として生きる宿命よりも、ただ一人の者の為に生きたいと強く願った。

だから私は、今だって僅かばかりの後悔も…――。


「天上に未練でもあるのか?」

疎らな星空をぼんやりと見つめていたら、不意に声を掛けられた。

「…どうして、そのようなことを訊くのです?」
「だって俺をずっと放っぽっといたまま、空ばかり見てるから」

そう少々拗ねたように言うと、私の直ぐ傍へとやってくる。

「何ですか、放っぽっといてって…。以前にも告げたはずですよ?私は自分で決めたのです、貴方と同じ歩幅で時を刻んでいく、と。今更天上界に、未練などありません。ただ空に輝く星を見ていただけです」
「…なら、いいんだけど」

薄く笑ったレンの腕が伸びて、身体ごと彼の方へ引き寄せられる。そのまま私は、相手の肩にコツンと頭を乗せた。
暫くの沈黙の後で、私は徐に口を開く。

「私は近いうち、神からの罰を受けるかもしれません」
「罰…って。堕天使になる他にも、まだあるのか?」
「えぇ。それだけ重罪なのですよ、天上界の者が、下界の人間を好きになるということは…」

たとえそうでも。地獄の業火にこの身を焼かれようとも、この愛だけは守り抜きたい。

「…なら、俺もお前と同じように、神サマの罰とやらを受けないとならないね」
「何を言っているです。これは貴方には関係ないことでしょう?」
「だが、最初にお前に手を出したのは、俺の方だ…」
「…ですが、貴方を受け入れたのは、私の意思。これは私の」
「ほらまたそうやって、お前は全て一人で背負い込もうとする」
「……」
「あの時言ったろ?共に堕ちようって。だから、生きるも死ぬも、俺は常にお前と共にある」
「…レン」
「トキヤと一緒なら、俺には怖いモノなんて有りはしないんだから」

それが神の怒りでも、たとえそれが死であっても…――そう言って、レンは私の顎を静かに指先で掬い上げた。

「――トキヤ、愛してる。この世界でただ一人、お前だけを…」
「……私も」

ゆっくりと近付いてくる唇に、私はそっと瞳を閉じる。

私にはもう愛する者の背負った傷も、拭えぬ孤独な過去も暖める羽も存在(な)いけれど、決して、この愛を離しはしない。
儚き命が終わりを迎えるその日まで――。

想いを胸に強く抱きながら、静かにレンの口づけを受け入れた。

貴方と共にあれば
(120131)



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