※鬼太郎姉夢
商店街の福引で一泊二日の温泉旅行券が当たった。
真っ先に頭に浮かんだのは、鬼太郎と父さんの顔。人のため妖怪のためと日夜奔走する二人に、ゆっくりと日頃の疲れを癒してもらいたい。そう思い鬼太郎に旅行券を渡したところまでは良かったけれど、その鬼太郎はというと手元の紙片を眺めたまま押し黙っている。何か気になることでもあるのだろうか。
「どうかした?」
「その……姉さんも一緒に来るのですか?」
「ううん、私は留守番してるよ。鬼太郎がいない間、何かあったら困るでしょう」
「そう、ですか」
少しの間があった後「わかりました」と頷いた鬼太郎。それでこの話は終わったとばかり思っていた。
次の日、ぽかぽかと日差しが心地良い午後。父と同じ体勢で昼寝をしていた鬼太郎が目を覚ました。長い前髪の隙間から見える寝ぼけ眼に、ぼんやりと私が映っている。
「姉さん」
「なあに」
「温泉は嫌いですか」
「え? 好きだけど……」
「それじゃあ今度の旅行も来ればいいじゃないですか。ここには砂かけ婆や子泣き爺たちもいます。心配しなくても大丈夫ですよ」
「……」
「それとも、僕と一緒は嫌ですか」
その聞き方は我が弟ながら狡いのではないだろうか。寂しそうな顔で唇を尖らせたりなんかして。私がその表情に弱いことを知っているくせに。
「そんなわけない。鬼太郎と一緒にいるのが嫌だったことなんて一度もないよ」
「それなら問題ないですね。姉さんも行きましょう。約束ですよ」
ふわりと笑顔を浮かべ、再び目を閉じて昼寝を再開する鬼太郎。もう呼びかけても返事はなかった。
困った弟だ、なんて。そんな弟に振り回されて喜んでしまうのだから、私も人のことは言えそうにない。
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