いつからいるのか、どこから来たのか。彼については知らないことばかりだ。
仕事も私生活も何もかもが嫌になって、泣きながら酒と薬を飲んだ。いつの間にか寝落ちしていたようで、気がつくと私はベッドで横になっていた。酔い潰れた自分が自力で移動したとはとても考えられなくて、すぐに「彼が来た」と思った。
「よし、よし……」
枕元に腰掛け、私の頭を撫でているのが例の彼だ。何度名前を尋ねても「薬売り」としか教えてくれない変な人。
子供の頃から体調を崩して寝込んでいると、どこからともなく彼が現れた。ただし、それは私が一人でいる場合のみで、家族や誰かが傍にいるときは一切姿を見せなかった。幽霊……にしては触ることもできるし、足もある。怪談によくあるような怖い体験をさせられたことも、驚かされた記憶もない。彼の行動パターンは大抵決まっていて、寝込む私の傍に正座をして、時折「大丈夫、ですよ」と声をかけてくれるのだ。
「名前さん」
「はい」
「薬を酒で流し込むのは、身体に悪い」
「……あ、」
そういえば部屋に空き缶と薬の容器を放置したままだった。きっと薬売りさんもあの散らかった惨状を見たのだろう。
「あなたという人は……また、無理をして……」
「……すみません」
「……」
「……薬売りさん、あの」
「?」
「手を、繋いでもらってもいいですか」
「はい、はい」
断ることもなく、薬売りさんは手を握ってくれた。私より少しだけ低い温度が心地良くて、叶うのならずっとこの手を握っていたかった。もっと一緒にいたい。離れたくない。そんな私の気持ちを無視するように、再び訪れた眠気は瞼を重くするばかり。嫌だ、まだ眠りたくないのに。
「……名前さん」
「……」
「大丈夫、ですよ」
彼が何に対して「大丈夫」と言ったのかはわからない。ただ、その聞き慣れた"おまじない"は私に効果抜群で、今度こそ抗う間もなく深い眠りに落ちていった。
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