ぽたり。一瞬、何が落ちてきたのかわからなかった。それはどう考えても今のタイミングに似つかわしくないものだったから。
名前の瞳から次から次へと涙の粒が零れ落ち、頬に触れる俺の手を濡らしていた。
「……触られるの、嫌だった?」
ただ両手を名前の頬に添えただけだ。なんでもないただの戯れ。それでどうしてこいつが泣くのか、全く理解できない。
「違うの、こんなふうに誰かに優しく触られたの、っ、久しぶりで……」
「……」
嗚咽交じりの言葉が続く。
「……人の手って、こんなにあったかいんだね」
未だ涙を流す名前の右頬には痛々しい青黒い痣。口の端には俺が貼ってやったばかりの真新しいガーゼがあった。
俺の両親も歪んでいると常々思っていたけれど、こいつの親も大概だ。子供が自分の思い通りにならないと簡単に手を上げる。「全部お前のためだ。お前が悪いからこうしたんだ」とご丁寧に説明しては暴力を振るうらしい。自分よりもずっと立場の弱い子供を殴りつけるのは、さぞ気分が良いのだろう。そうじゃなきゃこいつが毎日新しい怪我を作ってくるはずがない。
「こうすればもっとあったかいよ」
手を引っ張って倒れこんできた名前を抱きしめる。親の理想に応えられず見放された俺。親の理想に添えず暴力を振るわれる名前。
俺たちはどうすれば良かったんだろうな。欠けた部分を継ぎ足すように身体を寄せあってみたけれど、あたたかいことしかわからなかった。