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「まだやめてなかったのか」

 背後から聞こえた声に思わず肩が跳ねた。慌てて手元の携帯灰皿に煙草を押し付けたけれど、一部始終を見ていたであろう焦凍の表情は浮かない。合鍵を使ってやって来たのだろう。もう少し遅くに来るものだと思っていたから油断した。

「やめるって言っただろ」

 ただ静かに、幼い子供に問いかけるように彼は言う。

「うん、でもすぐには無理だって言ったでしょ」
「そうだな。……でも、俺はやめてほしい」
「ごめんね。焦凍の前では吸わないように気をつけるから」

 基本的に彼の前で煙草を吸うのは控えていた。匂いが移ってしまうし、子供の前で吸うのは単純にいい気分がしないから。

「そういうことを言ってるんじゃねえ」
「……」
「俺は……名前にもっと自分の身体を大事にしてほしい」

 大事に、か。煙草を始めた理由は何だったっけ。単なる好奇心、暇つぶし、ストレス発散。いくつか思いあたるものはあったけれど、一番の理由は多分アレだ。

「私ね、早く死にたいの」

 みるみるうちに焦凍の表情が曇るのを眺めながら、過去の自分を思い返していた。当時の私は――、いや、今もそうかもしれないけど。私は早く死にたかった。煙草を始めたのも何でもいいから身体に悪いことをしたかったからだ。なんてことはないくだらない理由。何かを始めるきっかけなんてそんなものだ。

「……」
「……焦凍?」

 俯いたまま黙っている彼の顔を覗き込むと、その瞳が揺れて見えた。え、泣いて、

「死ぬな。駄目だ」

 私が言葉を発する前に焦凍に抱き寄せられた。頭を胸元に押し付けられているせいで彼の顔は見えない。

「死なないでくれ」

 震える声が鼓膜を揺らした。優しい子。こんなどうにもならない私のために泣いてくれるんだ。

「ごめんね。やめるように頑張るから」
「……ああ」
「……」
「……」
「そろそろ離してくれない?」
「嫌だ」

 焦凍は全く離れる気配がない。身体に回されている腕の力も緩められるどころか、強くなっている気がする。それでも彼を不安にさせた原因が自分であることを思うとこれ以上強く言うこともできず、暫くの間焦凍の腕の中で彼の心音を聴いていた。