"ここではない何処か"をずっと探している。自宅にいても、学校にいても、会社にいても、私の心の隅っこに鎮座している願望。永遠に満たされることのない心の渇きも"ここではない何処か"なら解決できる気がする。私はそこで楽になりたい。そんな空想に夢を見て、今日も生きている。
「オイ!!」
静寂を破る声。背後から投げられた声に振り向くより早く、力強く掴まれた左腕。
「何やってんだテメエ」
息を切らせながら海に飛び込んできたのは爆豪だった。どうして彼がここにいるのか、まるで理解ができない。連絡をしていたわけでもないし、スマホも家に置いてきた。私の居場所は誰も知らないはずだ。
「……海水浴?」
「季節考えろやクソ女」
季節は初冬。爪先から頭のてっぺんに至るまで、体の熱をすべて奪っていくような水温だった。服を着たまま下半身まで海に浸かっている私の姿はさぞ滑稽に見えるだろう。爆豪に止められなければ全身を沈めるつもりだった。そうすればこの胸の内に巣食う靄が、少しはマシになる気がしたから。
「爆豪、離して。自分で歩ける」
「……」
「ねえってば」
「俺が手ェ離したら向こうに戻ンだろが」
戻らない、とは言えなかった。ざぶざぶと波を蹴飛ばす爆豪に引きずられるようにして浜へ戻っていく。
思い返すと、子供の頃からこういうことはよくあった。幼馴染だった私たちは物心がつく前からの友人で、私は今日のように誰にも告げずに人目を避けて行方をくらます癖があった。怒られたとき、一人になりたいとき、爆豪と喧嘩をして素直に謝れないとき、家で嫌なことがあったとき。様々な場所に身を隠しては、そのたびにどこからともなく現れる爆豪に発見される。あまりにも的確に私の居場所を当ててしまう彼の能力は、大人になった今でも健在みたいだ。
それでも今日に関しては見つからない自信があったのに。人目の少ない冬の海。明け方のこの時間にここへ来る物好きなんて、自分しかいないと思っていた。
「はあ……」
爆豪の住むマンションに連れてこられた私は、お風呂を借りて、以前泊まりに来た際に置きざりにしていた自分の服に着替えていた。手元には爆豪が淹れてくれたあたたかいココアまである。すぐ隣に座っている彼はというと、何も言わずに険しい表情で前を向いていた。
「爆豪、私そろそろ家に帰、」
「名前」
私の言葉を遮るように重なった声。思わず目を向けると赤い瞳が私を捉えていた。まっすぐに注がれる視線に耐えられずに俯くと、腕を引かれて爆豪に重なるように倒れこむ。
「え、」
僅かな身動きさえ許さないと言わんばかりに抱きしめられてしまえば、逃げることなんてできなくて。
「……勝手に死のうとしてんじゃねェよクソが」
心臓止まるかと思ったわ。普段の爆豪からは想像もつかない弱々しい声が、私の空っぽな心にいつまでも反響していた。