弔くんの手が好きだ。五指で触れたものを粉々に壊す力。それは私がずっと探してやまないものだったから。
「弔くん」
「……なに」
「触って」
「……」
ぽんぽん。優しく頭に触れられる。
「弔くん」
「ちゃんと触っただろ」
「違う。五本の指で触ってよ」
いつもこうだ。これほど簡単なお願いもないだろうに、彼が叶えてくれたことはない。
「何でも言うこと聞いてもらえると思うなよ」
このやりとりも何度目になるだろう。飽きるほど聞いた言葉に溜息が出た。
ずっと死にたかった。この世界で生きることが息苦しかった。個性も持たず、生まれながら何もかも人並み以下の能力。そんな人生に絶望するまでに時間はかからなかった。一刻も早く人生から逃げ出したい。それなのにこの身体はちょっとやそっとでは死んでくれなかった。確実に死を求めるのなら想像を絶するような痛みや苦しみに向き合わなければならない。中途半端な方法では死ねない。運悪く他人に見つかって助けられてしまえば、後遺症の残った身体で人生を強制される可能性もある。
生きるだけでも辛いのに、死ぬにはそれ以上の苦しみが必要だなんて、人間という生き物を設計した存在は余程性格が悪いのだろう。
だからトガちゃんを通して弔くんを紹介してもらったときは本当に嬉しかった。彼に触れてもらえばほぼ苦しみを感じる間もなく塵になる。私が望んでいた安楽死に最も近い死を与えてもらえる。だから何度も彼に頼んだ。今すぐ触って殺してほしいと。最初の一回は殺してもらえそうだった。苛ついたような彼が五本の指を伸ばしてきて、ああやっとこの世界が終わる、生きていかなくていいんだと嬉しくて泣いた。そうして全てが終わるはずだった。
「……」
「……」
手が私に触れる数ミリ先で止まっている。どうしたのかと問えば「死にたがりを壊してもつまらない」と引っ込められてしまう指先。
「なんで、」
不意に腕を引っ張られて弔くんの胸元に倒れこむ。文句を言おうと顔を上げれば、それはもう子供が見れば泣いてしまいそうな歪な表情を浮かべていて。
「……、そうだな、お前が生きたいと望んだ瞬間に壊してやるよ」
そう告げる彼はどこまでも敵だった。