こんなことなら学校休めばよかった。朝からなんとなく怠い気はしていたけど、それは時間が経つにつれて確実に悪化していて。頭がぼんやりして熱っぽいのも、きっと気のせいじゃないだろう。
明るく話しかけてくれる友人の声も、今の自分にとっては頭痛を増幅させるものでしかなかった。
「名字、担任が呼んどるぜよ。職員室で待っとるそうじゃ」
保健室に行くべきか迷っていると、教室の入り口から仁王が声をかけてきた。
「わかった。今行く」
何の呼び出しだろう。呼び出されるような心あたりはないけどなぁ、なんて考えながら教室を出ると仁王が廊下の窓際に立っていて。伝言ありがとう、と声をかけてから職員室を目指した。
「……」
「……」
「どうして仁王くんまでついてくるの」
「ピヨ」
「ピヨじゃわかんないよ」
私の後ろをつかず離れずの距離でついてくる彼は本当にひよこみたいだ。あれ、そうなると私が親鳥になるのかな。なんかやだな。
「こっちじゃ」
廊下を曲がって人目がなくなると、唐突に腕を掴まれた。戸惑っている間にも彼は私の腕を引いてどんどん進んでいく。
「ねえ、職員室こっちじゃないけど……」
「当然じゃろ。そっちに用はないきに」
「は?」
「ええから病人は黙ってついてきんしゃい」
「先生おらんみたいやの」
「……」
「まあベッド使うくらいはええじゃろ」
仁王に連れられてきたのは保健室だった。私は問答無用と言わんばかりにベッドに寝かされ、彼はベッド脇にあったパイプ椅子に座っている。
「……なんでわかったの」
「ん?」
「調子が悪いこと。誰にも言ってなかったのに」
「それくらい見ればわかるぜよ」
ぴたり。仁王の手のひらが額に乗せられる。
「……やっぱり熱がありそうじゃな」
「私もそう思う」
「今日はもう大人しく休みんしゃい」
「ありがとう、仁王くん」
「……」
「何?」
「今は他に誰もおらんき、名前で呼んでくれてもええじゃろ」
私たちが恋人関係であることは、勘の鋭い幸村くんや柳を除けば誰も知らない。クラスメイトたちに知られて厄介事に巻き込まれても困るので、人前ではお互いを名字で呼び合い、一定の距離を保って関わるようにしていた。
「名前」
「……、雅治」
「ん、」
私の言葉に満足したらしい雅治は、それ以上は何も言わず、ただ優しく頭を撫でてくれた。その手がさっきよりもあたたかく感じたのは、私の熱が移ってしまったせいだろうか。それとも。
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