※累に人間を鬼にする力があった場合のIF話
名前と初めて出会ったのは、とある山の崖下だった。
崖から落ちてきたのだろうか。地に伏している彼女の腕や足は折れてねじ曲がっている。半ば興味本位で近づくと、まだ息があることに気がついた。生きている。だがこのまま放っておけば、そう時間の経たないうちに死ぬだろう。
「ねえ、生きたい?」
話しかけたのはただの気まぐれ。ほんの暇潰しのつもりだった。
「……」
「僕なら君を助けてあげられるよ」
彼女は何も言わない。何度か口を開こうとする素振りも見せていたけど、声が出せないようだった。
「……!」
傍らで様子を窺っていると、ふと彼女が笑った。今にも死にそうな、この状況で。
胸の奥で言葉にならない感情が広がっていく。彼女が見せた"それ"は僕が求めている"何か"にとても近い気がして、ほぼ無意識のうちに手を差し伸べていた。
「……あれ? あなたは、」
拠点にしていた山に連れ帰り、半日ほど経った頃――、彼女がようやく目を覚ました。
「今ここで決めて。僕に殺されて死ぬか、僕の家族として生きるか」
「え?」
僕の言葉に動じる様子はない。起きたばかりで頭も回っていないのだろう。僕は自身が鬼であること、そして血と能力を分け与えて彼女を人から鬼へ変化させたことを告げた。
「私が、鬼……」
恐怖に歪む顔のひとつでも見られるかと思ったが、予想に反し彼女はまた笑っている。
「何がおかしいの」
「あなたは優しいね」
「……」
「助けてくれてありがとう」
「別に助けたわけじゃない。気が向いただけ。……それで、どうしたいの」
「せっかく拾ってもらった命だもんね。もう一度生きてみようかな」
「……そう。僕は累」
「私は名前だよ。これからよろしくね、累くん」
「累でいい。僕たちはもう家族なんだから」
やっぱりどこか変だ。名前に名を呼ばれると胸のあたりがざわざわする。ああ、でも、この感覚は嫌いじゃないな。
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