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これの続き
この世界で生きるようになって、自分自身にも変化があった。うっすらではあるが鬼の気配がわかるようになったのだ。とはいっても曲がり角の向こうに鬼がいるな、とか、そういう些細なものだけれど。それでもこの能力のおかげで、ある程度の危険は避けられていると思う。
そして今、夜道を歩く私の背後に鬼の気配があった。それはつかず離れずの距離を保ちながら後ろをついてくる。気配がわかるようになったとはいえ、私に鬼と闘えるような力はない。襲われてしまえばひとたまりもないだろう。できれば今すぐにでも走って逃げ出したいところだけど、その鬼のさらに後ろにある気配が私の判断を遅らせていた。
間違いなくそれは父親の鬼舞辻無惨のものだ。私がここで走れば、鬼の気配に気がついていることを悟られてしまうかもしれない。
鬼とはまだ一定の距離がある。もう少しだけ我慢して、これ以上近づかれたら逃げよう。怪しまれたくないとはいっても、命には代えられない。父が都合よく助けてくれる保証なんてないのだから。
「……!」
その瞬間はすぐにやって来た。鬼がぐっと近づいてくる。もう限界だ。逃げよう。足に力を入れた途端、背後にあった二つの気配が急速に離れていくのがわかった。突然のことに驚いて振り返ると、そこには静かな夜の闇が広がるばかり。……た、助かったのだろうか。
再び家路を急いでいると、聞き慣れた声に呼び止められた。
「夜に一人で出歩かないようにと言っただろう、名前」
父だ。もう他の鬼の気配はない。
「ごめんなさい。出先で道に迷っちゃって」
「次から帰りが遅くなる場合は家の者か私を呼びなさい。必ずだ。……いいね?」
表情こそ柔らかいのに、その言葉には絶対に反論を許さない圧力があった。小さく頷いて見せると、少しだけ彼の発する空気が軽くなる。鬼ももちろん怖いけれど、やはり一番恐ろしいのはこの人だと思った。
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