名前ちゃんが怪我をして帰ってきた。腕と両膝にはガーゼと絆創膏が貼られている。頬も擦りむいたようで、少し赤くなっていた。
「どうしたの、この怪我」
「えへへ、ちょっと転んじゃって」
よくよく話を聞いてみると体育の時間に石に躓いて転んだらしい。あまり怪我をしない名前ちゃんにしては珍しいこともあるものだと思っていると、周囲にいた組員達が口々に「教師はちゃんと名前を見とったんか!?」「学校にカチコミや!」と騒ぎ出した。親父もそうだが、組員達も名前ちゃんに対しては非常に過保護だ。まあ、自分もその一員ではあるのだが……。
「運動に怪我は付き物やろ」
ヒートアップしていた事務所が一瞬にして静まり返る。その一言を放ったのは親父だった。俺は正直親父も騒ぐのではと思っていたが考えすぎだったらしい。親父がそう言った以上、他の組員たちは何も言えなくなり、今度は「次から気つけるんやで」と優しく声をかけていた。
室内が落ち着きを取り戻した頃、外からバタバタという複数の足音が近づいてきた。その音の正体は真っ直ぐここへ向かっており、やがてノックもなく扉が乱暴に開かれた。
「名前ちゃん!!」
「は、はい!」
中に飛び込んできたのは若い組員数人で、ぜえぜえと肩で息をしながら名前ちゃんを見つめている。一体何事かと周囲の人間が見守っていると、唐突にその中の一人が「学校で告白されたって本当!? 結婚の約束もしたって聞いたんだけど!」と言い放ったのだ。
「え、け、結婚の約束はしてない……」
消え入りそうな声で名前ちゃんが呟いた。心なしかほんのり顔が赤くなっているように見える。
「結婚の約束、"は"? ということは告白は……」
「わ、私、桐生ちゃんのところに行ってきます!」
引きとめる間もなく、名前ちゃんは鞄を背負って事務所を飛び出した。俺が慌てて追いかける支度をしていると、背後で「どこのどいつや」という親父のマジなトーンの声が聞こえてきて、まだ見ぬ名前ちゃんの彼氏に心底同情した。
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