今日の仕事も終わり、散歩がてらに街を歩いていると一人の子供が目についた。近くに保護者らしい姿はない。行ったり来たりしながら周囲を見回しているところを見ると、おそらく迷子だろう。ここで会ったのも何かの縁だと思い、興味本位で子供に近づいた。
「お嬢ちゃん、親とはぐれたんかいな」
なるべく怖がらせないように、体勢を低くして子供の目線に合わせる。最初は驚いた様子だった子供も、やがてぽつりぽつりと話を始めた。
「ううん、おじさんとはぐれたの」
「おじさん? どんなおじさんや?」
「えっと、がんたい?をしてて、大きくて、かっこいいおじさん……」
「……」
「……」
眼帯をしている格好いいおじさん。それを聞いて真っ先に頭に浮かんだ男の名を、半信半疑で口にする。
「……もしかして、真島くんか?」
「うん、真島のおじさん! どうして知ってるの?」
「よう知っとるでえ、真島くんはワシの友達やからなぁ」
ここまで暗い顔をしていた子供がようやく笑った。少しは安心してくれたのだろうか。
「よっしゃ、ほなワシが一緒に真島くん探したる。一人で探すより二人で探したほうが、はよう見つかるやろ」
「わあ、ありがとう! えっと、」
「ワシは西谷誉や。お嬢ちゃんは?」
「名字名前です!」
「名前ちゃんか。ええ名前やのう」
「ありがとう、西谷のおじさん」
"西谷のおじさん"。どこかむず痒いような、それでいて少し嬉しいような感情が湧きあがる。自分でもそれを不思議に思いながら真島くんを探していると、弱々しくスーツを引っ張られた。
「あの、おじさん」
「ん?」
「手、繋いでもらってもいい?」
子供にこんなことを頼まれたのは初めてだった。戸惑いながらも「ええで」とその小さな手をとると、胸の奥がじわりとあたたかくなったような気がした。
少し目を離した隙に名前がいなくなった。しばらく辺りを探したがどこにも見当たらない。とにかく手当たり次第に聞き込みをしていると、それらしい子供を見たという客引きの兄ちゃんに出会った。しかし子供は一人ではなく、堅気には見えない男と一緒だったという。もしかして何かの事件にでも巻き込まれたのか。そんな考えが頭をよぎり、全身から血の気が引いていく。
二人を見かけたという大通りへ急いで向かうと、少し離れた場所に名前の姿があった。一緒にいる男に肩車をされながら、何かを探すように忙しなく頭を動かしている。俺は通行人にぶつかるのも気にせず、一直線に名前の元へ走った。
「名前!!」
「おう、真島くんやないか。大事なお嬢ちゃん預かっとるでぇ」
「なんでよりによって西谷と一緒やねん……」
見覚えのあるスーツだと思ったが、まさか西谷本人だったとは。名前を見つけられた安堵感からか、体の力が抜けてその場に膝をついた。
「……おじさん」
西谷の肩から降ろされ、心配そうに近寄ってきた名前を思いきり抱きしめる。無事でよかった。今思うのはそれだけだ。
「ごめんなさい、道がわからなくなっちゃって……」
「そんなんかまへん。名前が無事ならそれでええ」
「西谷のおじさんがね、一緒におじさんを探してくれたんだよ」
「そうか。……西谷、ほんまに助かったわ。世話かけたな」
「水臭いのう。ワシと真島くんの仲やないか」
「おじさんありがとう! 肩車凄く楽しかった!」
「そら良かった。あんなんでええならまたいつでもしたるで」
「わーい!」
「なんやすっかり懐いとるな……」
もう何度目になるかわからない礼を西谷に伝え、今度こそしっかりと名前の手を握って帰路につく。長かった一日が漸く終わろうとしていた。
「私ね、迷子になっちゃったけど蒼天堀楽しかったよ」
だからまたおじさんと一緒に来たい。名前が笑った。知らない土地で迷子になって怖い思いをしただろうに、それでもまた蒼天堀に来たいと思ってくれているのか。俺は名前がこの街を嫌いにならないでくれたことがなぜか無性に嬉しくて「ああ、約束や」と繋いだ手に力を込めた。
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