※自死表現あり
本格的に断捨離を始めて暫く経った頃、視界に入る物がみるみるうちに減って、あっという間に殺風景な部屋が出来上がった。ひとつ、またひとつと物を手放していく。物がなくなるにつれて、私の中の未練や執着が薄れていく。それはまるで"私"という人間の痕跡を丹念に消していく作業のようにも思えた。
捨てて、消して。空っぽになった部屋で思考を巡らせる。こんなに物を失くしても納得ができない。まだもっと捨てるべきものがあるはず。そこまで考えたところで、私は己の存在がこれ以上なく不要なものに感じて気持ち悪くなった。今すぐ捨てたい。片づけたい。いてもたってもいられなくて部屋を飛び出した。
人気のない廃ビルの屋上から、眼下に広がるアスファルトを見つめる。ここなら人通りもないし、私が落ちても誰かを巻き込む心配もない。最初からこうすればよかった。物を捨てるより、私を捨てた方がずっと早かった。断捨離のついでに家族とシャドウに宛てた遺書も残してあるので言い残すこともない。
目を閉じて、家族やシャドウ、ソニックたちの顔を思い浮かべる。疲れたから、私は一足先に向こうに行くね。ばいばい。
柵を乗り越え、空中に足を踏み出す。もうシャドウに会えないのは寂しいけれど、これで全部が終わるのだと思うとほっとする自分がいた。間もなく訪れるであろう最期に備えて目をぎゅっと瞑った。ああ、これで終わるんだ。
「……っ!!」
地面に叩きつけられる予定だった身体が何かに抱えられる。痛みが訪れる気配もなく、恐る恐る目を開けると視界に入ってきたのは苦しそうなシャドウの横顔だった。
「どうして、」
「それは捨てるな」
捨てるなというのは命のことだろうか。そもそも彼はどうして私の居場所がわかったのだろう。それに、今にも泣きだしそうな顔をしているのはどうして、
「でも、一番いらないのは」
「捨てるな」
言葉の続きを遮るようにシャドウが語気を強めた。あまりの迫力にそれ以上言葉を発することができず、唇を噛む。微妙な空気が流れるなか、私は彼に連れられて再びあの殺風景な部屋に戻ることになった。
「……」
家に戻ってからもシャドウは私を離さなかった。抱きしめる力が強くて少し痛い。かといって彼にかける言葉も見つからず、重苦しい沈黙だけが圧し掛かってくる。
「……は、」
「?」
「あんなことは、二度としないでくれ」
そこでようやく気がついた。シャドウの腕が微かに震えている。
「ごめん、なさい」
私は生きていていいのだろうか。この世に存在してもいいのだろうか。
「……私、生きてていいのかな」
「当然だ」
間に合ってよかった。今にも消え入りそうなシャドウの言葉に涙が溢れた。
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